2-50話 決戦3
目標にしていた岩鳥の頭が目の前から消え、代わりにゴツゴツとした岩の翼が迫り来る。
「ギエ゛ェェェェェ」
「史記っ!!」「史記様!!!」
岩鳥の鳴き声に混じって聞こえてくる仲間たちの声に、自分のピンチを悟った史記は、左手を鉄パイプの先端へと持ち替えて、体の前へと構え直した。
――瞬間、岩の翼が史記を襲う。
「くっ!!」
岩の翼が鉄パイプにぶつかり、ガギン、という音とともにぐにゃりと折れ曲がった。
強い衝撃が史記の両肩へと抜け、不意に体が宙を舞う。
「っ……」
腰を打ち付けながら砂利の地面に落ちた史記が見たのは、折れ曲がった鉄パイプと、回転を続ける赤い岩鳥の姿。
痛みを訴えるお尻の状態を確認する暇さえも無いままに、曲がった鉄パイプを構え直した史記に、岩の翼が容赦なく襲いかかった。
「がっ……」
岩の羽と鉄パイプが激しくぶつかり、鉄パイプの中央に切れ目が走る。
史記の両肩が、激痛を覚えるほどの衝撃を受け、地面を引きずるように後方へと押しのけられた。
(ぃっっ!!)
手に収まる鉄パイプは、もはやベコベコ。
回転を続ける岩鳥は徐々にそのスピードを速めており、鉄パイプが限界を迎えるのも時間の問題だと思われた。
だが、地面に倒れる史記には、迫り来る岩から逃れるすべはない。
遠くに見える鋼鉄やペールの援護は、期待出来そうになかった。
(……くっそ)
打開策も見つからず、内心毒づいた史記が、悪あがきとばかりに、落ちていた小石を拾い上げ、回転する赤い岩鳥へと投げつける。
史記の手を離れた小石が、回転する岩鳥へとまっすぐに飛んでいき、カコン、と小さな音を立てて岩の羽へとぶつかった。
そして、あっけなくはじかれたかと思えば、砂利の地面を数回跳ね、石と石の隙間へとその身を落ち着かせる。
――その瞬間、
「えーーーーーい!!」
遠くから、美雪の声がした。
お堀から立ち上っていた炎の壁が、龍のように空を舞い、周囲を赤く照らしながら、史記を襲う岩鳥へと巻き付いていく。
そして、動きを制限している糸を燃やすことなく、自らもロープのように絡みついていった。
「……美雪??」
「えへへー。お待たせ、お兄ちゃん」
後ろを振り向いた史記の目に映るのは、森の中から顔を出した美雪と、その隣で心配そうな表情を浮かべている柚希の姿。
周囲には、壁の上で戦っていた狐たちや、美雪と一緒に居た子狐の姿もあった。
そうして突然現れた美雪たちに視線を奪われた史記の耳に、鋼鉄の声が飛ぶ。
「史記、トドメを」
「あ、あぁ、そうだな」
大きく脈打つ心臓の音をかき消すように、ふーーー、と大きく息を吐き出した史記が、額に浮かんだ汗を拭いながら地面に這いつくばる赤い岩鳥へと視線を向ける。
糸と炎に巻き付けられた岩鳥は、全身を揺さぶって必死にもがくものの、回転はおろか首をあげることすら出来ていない。
翼や尾羽だけでなく、首やくちばしさえも地面にへばり付けるその姿は、見えない何かに上から押さえつけられているようであり、先ほどのように突然動き出すと言うことはないように思えた。
そんな赤い岩鳥に鋭い視線を向けた史記が、原形をとどめないほどに折れ曲がった鉄パイプを握りしめて、両手を大きく振り上げる。
「はぁぁぁぁぁ!!」
気合いの声とともにまっすぐに振り下ろせば、確かな手応えとともに、先端に取り付けたドリルが根元近くまで深々と突き刺さった。
「ギエ゛ェェェェェ」
天をも震わせるような叫び声があたりに響き、赤い岩鳥が砂利の地面へと横たわる。
もがく力が徐々に弱まり、命の灯火が揺らいで行く。
「はぁ、はぁ、はぁ、……やったか??」
そんなつぶやきにも似た言葉に応えるかのように、赤い岩鳥の瞳から、生命の色が消えていった。
そんな岩鳥に惹かれるかのように、お堀から立ち上っていた炎の壁が、ゆっくりと弱まっていく。
そして、お堀に隠れるほど小さくなってしまった炎の壁の向こうには、誰も居ない、静かな砂利の道が広がっていた。
「…………ふぅー。……終わったな」
安堵や達成感、苦悩に虚無。
様々な感情が入り交じったため息が、夕暮れの空へと消えていく。
「帰って、うまい物食べて、風呂に入って、ゆっくり寝たい……」
そうつぶやいた史記の前に、真新しい鳥居が、ゆっくりとその姿を現すのだった。