2-49話 決戦2
「ここなのです!!」
気合いの乗った言葉とともに、ペールが赤い岩鳥の下へと潜り込み、大木のような足を小さなナイフで切りつける。
その小さな刃が岩鳥の足に当たった瞬間、ペールの表情に影がさした。
「……むぅ」
彼女の攻撃は、表面に軽い切り傷を付けただけで、刃がそれ以上進むことはない。
ナイフを引き、地面を蹴り上げるようにして岩鳥から距離をとったペールが、悔しさで顔をゆがませる。
「ペールの武器じゃ、切れないのですよ……」
そんなペールに対して、ギュォォン、とひときわ大きな鳴き声をあげた赤い岩鳥が、岩の翼を大きく広げて、バサバサと羽ばたかせた。
「くぅっ……」
吹き飛ばされそうになったペールが、砂利の地面にナイフをついたて、這いつくばりながら、迫り来る風を耐える。
「ぅっ……」
時折飛んでくる石が体にあたり、痛みで顔を引きつらせた。
そんなペールを救おうと、史記と鋼鉄が同時に地面を蹴る。
風の通り道を避けながらも、最短距離で岩鳥へと近付いた2人が、阿吽の呼吸で赤い岩鳥の側面に蹴りを入れた。
「ギャォォォン」
軽い衝撃を受けた赤い岩鳥が、羽ばたきをやめ、うっとうしそうに大声を上げる。
そして、3人まとめて倒してやる、と言わんばかりに、翼を水平に広げて回転を始めた。
だが、3人の姿はすでに周囲にはない。
赤い岩鳥が鳴き声を上げている間に、少しだけ離れた場所へと移動していたのだ。
「ペール、上の様子は?」
「マスターも狐さんたちも無事なのです。今頃は、みんなで階段をおりている頃なのですよ。
ペールは、ひとあしさきにきたのです」
そう言って険しい表情を崩したペールが、静かに微笑んで見せた。
赤い岩鳥が<参の壁>を襲った際に、振り落とされた者が居ないかと心配していたが、どうやら全員無事だったようだ。
そんなペールの回答に、ほっ、と息を吐き出した史記が、改めて、重さを感じさせながら回り続ける赤い岩鳥へと視線を向ける。
「とりあえず、今はこいつに集中すればいいんだよな?」
「はいなのです」
大きな翼は硬い岩に覆われ、木の幹を思わせる棒状の足はペールのナイフで切りつけても小さな傷を付けるのが精一杯。
未だに背後で燃え続ける火柱をこえてきた者に、狐火が効くとも思えなかった。
ほかに攻撃出来そうな場所と言えば、鋭いくちばしの後ろ側。
ことあるごとに岩の下に隠れるその場所には、小さなトサカがついているだけであり、唯一、史記の攻撃が通りそうに思えた。
「俺が頭をぶったたくしかないよな?」
「はいなのです……」
一応の作戦は決まった。
だが、その場所は、史記の身長の2倍以上も上にある。
攻撃するには、よじ登るか、的が下がった瞬間か……。
(とりあえずは、動きをとめないとな)
そう結論づけた史記の脳内に、あるアイディアが浮かんできた。
「ペール。繭の糸ってまだ残ってるか?」
「糸なら、まだまたあるですよ? どうするのです?」
「いや、あいつを縛ろうかと思って」
鉄パイプをぎゅっと握った史記が、自信満々に笑って見せた。
「とりあえず、数本でいいから、あいつの周囲に糸を出してくれるか?」
「えーっと……、はいなのです」
ほんの少しだけ悩んでからコクリとうなずいたペールが、未だに回転を続けている岩鳥の周囲を大きく回るように走り出す。
そして、手の中から太い糸を出現させながら、岩鳥の周囲に糸を這わせていった。
小さな石さえも巻き上げる突風に飛ばされまいと、史記と鋼鉄が糸をたぐり寄せ、ペールが細心の注意を払いながら走り続ける。
そして、2周、3周と糸の量を増やしていき、岩鳥の周囲に白い輪が見え始めたあたりで、全員が顔を見合わせた。
「引っ張られそうになったら、すぐに手を離すからな? ペール、糸はまだあるよな?」
「はいなのです。どんどんだせるですよ」
力強くうなずいたペールの笑顔に背中を押される形で、それぞれが地面に落ちた糸を拾い上げる。
そして、視線を見合わせてうなずき合うと、回転を続ける岩鳥から距離をとるように走り出した。
岩鳥の周囲に回されていた糸が徐々に狭まり、やがては岩鳥の足に絡みつく。
回転を続ける岩鳥が、周囲に散らばる糸を巻き取るような形で、足を縛り上げていく。
「ギュォォォォン」
やがて、足の動きを封じられた岩鳥が、ガダーン、と大きな音を立てて、砂利の上へと転がった。
そして、周囲の糸を巻き込みながら地面に横たわる。
「ギュォォォォン」
自分にまとわりつく糸を取ろうと、翼を動かし、左右に転がり、くちばしでつつくものの、動けば動くほど、周囲にある糸が全身を複雑に絡め取っていった。
「まだまだあるですよ」
動きが弱まってきた岩鳥の周囲を糸を持ったペールが走り回り、さらに糸を巻き付けていく。
そして気がつけば、羽を左右に大きく伸ばした状態で地面に寝そべった赤い岩鳥は、その場から動かなくなっていた。
(いける!!!)
そう確信した史記が、岩鳥の頭へとドリルの付いた鉄パイプを振りかぶる。
史記が作りだす影が、赤い岩鳥の頭へと落ちた。
――その瞬間、
「ギエ゛ェェェェェ」
糸を何重にも巻き付けたままの状態で、赤い岩鳥が、砂利の上を回転し始めた。