10話 初めての武器
階段の終着地点には、部屋のような空間があった。
大きさは史記の部屋と同じくらい。
壁や床などは降りてきた階段と同じ、つなぎ目の無いつやつやの石。
天井は相変わらず淡く光る、謎の仕様だった。
そんな部屋を覗き込んだ史記の目に、ダンジョンに入って初めて、石以外の物が写り込む。
「ん? ……宝箱?」
部屋の中央に電子レンジくらいの大きさの箱が2個、並ぶようにして鎮座していた。
木だけで作られた安っぽい雰囲気の箱は、下手に触れば壊れそうなほどボロい。
だが、上にパカッと開きそうなその風格は、誰が見ても宝箱だと認識できるくらいの物ではあった。
宝箱。そんな一般的な感想を口にした史記を後押しするように、美雪が持ち前の知識を披露する。
「うん、宝箱‼ ダンジョンの入口にある部屋は、初めてダンジョンを訪れる人に武器を与える部屋なんだって」
「へぇー、さすが美雪。なんでも知ってるねぇ」
ネットで仕入れて来たであろう美雪の言葉に、史記が素直な褒め言葉を口にした。
ダンジョンに突入してから5分。
早くも自分の無知を肯定するスタンスに切り替えたようだ。
そこに兄の威厳など存在しない。
そうして恥も外来も捨てた史記だったが、よくよく考えてみると、美雪の発言には引っかかる部分があるように思う。
「武器を与えるって? 誰が?」
「それがわかんないらしいよ?
1番有力なのは『ダンジョンが人間をおびき寄せるための餌として用意してる』って説なんだけど、確信は無いって書いてあったー。
『ダンジョンは、神が人に与えた試練であり、その試練を乗り越えるために、神が神器を与えている』って話もあったよ?
適正のある人には、特殊な能力が付いた武器が貰えることもあるんだって‼」
餌か、神器か。
真っ向から対立する意見だが、どちらの説も否定も肯定も出来ないようだ。
ただ、史記達にとっては、そのどちらか、あるいはまったく別の説が正解であっても構わない。
ダンジョン内でモンスターを間引くことは、すでに決定していることであり、武器がもらえるのであれば「貰わない」などという選択肢は無い。
ゆえに、史記達にとって重要なのは『どのような物がもらえるか』であろう。
『特殊な能力がついた武器』
その言葉に強い興味をひかれた史記は、脳内でその意味を模索する。
「美雪。その能力ってのは、火の魔法とか、必殺技とか、そんな感じか?」
範囲魔法や超人的なスキル、回復魔法に神のいかづち。
漫画の主人公に備わっていそうな能力を思い浮かべた史記が、小学生のように目をらんらんと輝かせた。
そんな兄の反応に、美雪がきょとんと首を傾げる。
「んゅ? 魔法? 必殺技?
…………ゲームじゃないんだよ、おにいちゃん」
どうやら違うらしい。
呆れた表情を取り繕うこともせず、美雪がそのまま言葉を続けた。
「お兄ちゃんはもう高校生になったんだから、ゲームばっかりしてちゃダメなんだよ?
現実を知らなきゃダメなんだよ?」
「…………はい。ごめんなさい」
残念な子を見るような眼をした美雪曰く、ちょっとだけ力が強くなったり、ちょっとだけ走るのが速くなったり、ちょっとだけ知識が増えたりなど、身体能力向上がメインらしい。
あえてゲームで例えるなら『アクティブスキルではなくバッシブスキルが貰える』と言った表現になるだろう。
ちなみに『魔法なんてのは、ゲームの世界だけなんだよ。もう高校生になったんだから、魔法を使いたいとか、そんな夢みたいなことを言ってちゃダーメ。大人になろうね、お兄ちゃん』とのこと。
みんなの憧れ、かっこいい魔法は無いようだ。
軽く頭を左右に振り、無理やり気持ちを切り替えた史記は、沈みそうになる気持ちを抑えて前を向く。
「えーっと。とりあえず宝箱開いて、モンスターと戦える武器を手に入れれば良いってことだよな?」
「うん、そうだよ。2つあるから、どっちかがお兄ちゃんので、どっちかがユキのかな」
「そうなるな」
幼い頃からの憧れを無理やり頭の中から追い出した史記が、目の前にある木の箱を注意深く見つめる。
2つとも全く同じ作りに見えるものの、なんとなくではあるが、 左の宝箱が良さそうに見えた。
「美雪。左側の宝箱を貰って良いか?」
結局は『ひだりが、左の宝箱が俺を呼んでるんだ!!』などと中二病全開の思い抱いた史記だったが、表面上は冷静に、出来るだけ美雪に呆れられないように、心を静めて伝えてみる。
だが、美雪から帰ってきた答えは、史記にとって微妙な物だった。
「んゅ? うん、良いよ。
ユキもなんとなく、右が良いなー、って思ってたし」
「…………」
右が良いと言われれば、右の方がよく見える。
自分が欲しかった物より他人が欲しがる物の方が、価値があるように見える。
しかし、こうして綺麗に左右別れたのだから、今更『右が良いです』などと言えるはずが無い。
「それじゃ、せーので開くか」
「うん。そうしよう。
それじゃいくよー」
「「せーの!!」」
2人が声を揃えて蓋を開け、箱の中を覗きこむ。
史記が開いた箱の中には、
1本の木の枝が入っていた。