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解体ショー  作者: 結城紅
2/2

現場

 現場は惨憺たる有様だった。

 死体は既にないものの、幼女一人分の白線が引かれた周囲は血に塗れていた。

 まだそう時間は経っていないため、路面にこびりついてはおらず、かえって生々しく感じる。

 これだけでも、被害者がどれほど悲惨な目に遭ったのか容易に想像できた。


「少しいいかな?」


 ロリポップを咥えたまま、先輩が鑑識の一人を捕まえた。

 鑑識は一瞬煩わしそうに目を細めたが、相手が僕達だと分かると柔和な表情を浮かべた。


「私達はこういうものなんだけどね……後輩君、ほら名刺」


「あっ、はい!」


 僕は慌てて鞄から名刺を取り出し、鑑識の人に渡す。

 相手は既に僕らが誰だか分かっているようだが、こういうのは儀礼的なものだと割り切る。


「あぁ、やっぱり」


 鑑識が我が意を得たりとばかりに頷く。

 名刺には、『日本総合特殊探偵事務所』とある。その下には、代表として先輩の名前がある。

 名刺に『特殊』と記載されているのには訳がある。


 先輩は自身のIQの高さ故に未だ自分の解けない問題に遭ったことがない。(抽象的な問題はもちろん除く)

 ありとあらゆる分野で彼女は優秀な成績を修めている。そんな彼女に言わせると、専門家には僅かな差で敵わないらしいが、単に生きた年数が違うため、経験不足が原因だと思う。


 広く深く、最早叡智と言って差し支えない知識量を誇る彼女にはどんな問題も安易に感じるのだという。

 そんな彼女が唯一難解と称するのが、俗に言う『迷宮入り』した事件の数々だ。その中でも、特に超常的な現象が絡んでいるのを彼女は好む。

 解きごたえがあるらしい。


 その度に駆り出される僕としてはいい加減身を引いてほしいところでもある。

 兎に角、そう言った、彼女にも世間にも難解と思われる事件のみが僕らの事務所に舞い込んでくるわけだ。


「まったく、君は気がきかないな。だからモテないんだ」


「余計なお世話です」


 名刺くらい自分で携帯してほしい。

 毎度名刺を出すのが遅れると格好がつかないと言って彼女は軽く機嫌を損ねるのだ。


「それで、鑑識の進捗のほどは如何なものだろうか」


 居丈高に先輩が告げる。

 鑑識は警帽のつばを僅かに持ち上げると視線を白線のチョークが引かれた現場に向ける。


「進捗も何も、分かったことは少ないですよ。害者の腎臓がなくなっているのと、『外傷がない』ことです」


「外傷がない、か……。ハハッ、いよいよもって面白くなってきたじゃないか。 ねぇ、後輩君?」


「先輩、不謹慎ですよ。面白がらないで下さい」


 僕は額に手をあてて深い溜め息をついた。

 こうやって面白がるのは先輩の悪い癖だ。

 僕の言外の抗議は先輩に伝わることなく、虚空に溶けていった。


「指紋も何も残さないし、監視カメラでは人が多過ぎて判別できない。まったく、骨の折れる犯人ですよ」


 鑑識が肩を落として悄然とする。

 もう、このような事件が立て続けに3件も起きているのだという。

 いずれも証拠は確保できず、少女の臓器の一部が損失していたとのことだ。

このまま手を拱いてるようでは警察の沽券に関わる。

 僕らには早急の解決が求められていた。


「先輩、何か分かります?」


「証拠も何もないのに分かったものか。こんなので分かったら天才だよ」


 いや、貴方がその天才なのですが。

 しかし、先輩の言い分も最もだ。手元にある証拠は殆どない。

 現場だけ見ても得られるものは少ないだろう。


「分かったことなんて、精々犯人がロリコン且つ臓器マニアで人体をすり抜ける能力を持つという『サイコ』だということくらいさ」


「……結構分かってるじゃないですか」


「こんなのは少し考えれば誰でも分かることだよ」


 先輩が不機嫌そうに口許のロリポップを弄くる。視線の先には担架に載せられシーツに覆われた少女の死体。

 先輩はそれに近づくと、周囲の静止を押し切って勢い良くシーツをめくった。


「うわぁ……」


 思わず嘆息が漏れる。

 何度見ても死体には慣れない。

 あの独特の生気のない瞳と饐えた臭い、爛れたような皮膚は目に毒だ。

 サッと視線を逸らす。


「後輩君、目を逸らすとは何事だ」


 暫くすると、先輩が柳眉を吊り上げて戻ってきた。

 双眸には不満気な色が見え隠れしている。


「すいません。夢見が悪くなりそうで」


 寧ろ、あれを正視できる先輩がどうかしてると思う。

 先輩はあのなぁ、と、いつになく真面目な様子で語り出す。


「彼女だって元は誇りある生者だったんだ。死んだからといって無下に扱うのはどうかと思うがね」


「……その割りには随分と雑な扱いでしたね」


「……細かいことを気にすると嫌われるぞ?」


「観衆にも見えてたみたいですが」


 写真とか撮られてたらあっという間にネットに流出していくだろう。

 今度は警察のサイバー課が忙殺されることになる。

 それを察したのか、先輩はそっぽを向くと僅かに頬を上気させて一言。


「……知らん」


 世間でいくら天才と持て囃されようと、近くにいるとこういうことがあって先輩もまた同じ人だと認識させられる。

 そして、少しは可愛いところもあるのだとも理解させられる。


 先輩はあまり着飾ったり手入れをしてないから気付かれないが、顔立ちは整っておりスタイルも良く世間で言う美少女のそれだ。大人びた言動とミステリアスな雰囲気も相俟って独特の魅力がある。

 目を引く隈とボサボサの髪をなんとかすれば、道行く人が全員振り返るような美人に見違えるだろう。


「なんだい、その目は?」


「いえ、先輩はいつも通り寸分違わず美しいなと」


 おべっかでもなんでもない、偽らざる僕の本心だ。

 先輩は怪訝そうに眉を顰めたが、僕が本気で言ったのを理解したのか忙しなく髪先を弄る。


「……そんなことを言うのは君くらいのものだよ。ほら、行くよ」


「え、どちらに?」


 慌てて後を追うと、先輩が頭だけこちらに振り返り、次いで妖艶な笑みを浮かべた。


「少し疲れたからね、私の家さ」


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