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解体ショー  作者: 結城紅
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事件

学校用の短編です。

 大都会のスクランブル交差点、その中心に横たわるひとつの影。

 周囲を注連囲いが乱立する中、影だけが一際異彩を放っていた。

 影は、死体だった。陽炎に溺れ一体化したそれは、人の目を惹きつけるには十分だった。


 太陽が正位置に昇る正午。お昼時とあってか、種々雑多とした人の群れが高層ビル群から吐き出される。その大半が、好奇心に駆られて餌付けされた鳩のように現場にたかってくる。警官服を着用した警察が煩わしそうにそれら追い払っている。大衆の中には携帯まで取り出す者もいて、警官の滲むような苦労が窺えるようだ。

 夏場にしても異様に暑い熱気に思わずうだる。ビル群の間隙を縫うように風が吹き下ろすが、そんなものはなんの足しにもならない。

 無尽蔵に噴き出る汗が制服を濡らし、不謹慎だとは思いつつも僕は襟元を少し開けた。


 警官に会釈し、同情の目を向けられながら立ち入り禁止のテープを潜る。

テープの内側は有象無象の警官でごった返しており、目も回る勢いで現場を駆けずり回っていた。

 その中で、セーラー服を着た女子と泰然とした女刑事だけがどこか浮いていた。


「やぁ、後輩君。君にしては随分遅いじゃないか」


 そう語るのはぬばたまのような全身黒色、所々赤の刺繍が入ったセーラー服を着用する女子高生。ボブカットと見られるボサボサの黒髪と、隈の深い死んだような目が特徴の女子だ。


「授業中に呼び出すのは勘弁して下さいよ。これでも早く来たほうなんですから」


「ふふ、しかし事件とは時を選ばずして起こるものだ。奴らは君の授業日程など気にはしてくれないんだよ」


「僕は先輩と違って頭良くないですし、卒業できないと困るんですよ」

 目の前で不敵な笑みを湛えているのは、一応僕の先輩にあたる人物だ。世間ではIQ140を超える天才として認知されている。彼女と比べれば僕の学力など霞んでしまう。

先輩は卒業の心配などしていないのだろう。


「済まないが、時間がない。本題に入らせてもらっていいか」


 割って入ったのは凛とした女性の声。間違っても先輩のではない。

女刑事のものだ。現場を預かる人だと聞き及んでいる。

 彼女は先輩や周りの警官と違ってピッシリとしたスーツを着込んでいた。

 こんな暑い中御苦労なことである。


「後輩君が遅れるからいけないんだぞ」


「無茶言わないで下さいよ」


「あー、本題に移りたいんだが」


「あ、すいません。どうぞ」

 恨めしげにこちらを見つめる視線に耐えきれずに僕は逃げ腰気味に言った。

 先輩はただ笑うばかりだ。


「事件の概要はこうだ。今朝、この交差点にて被害者が犯人と接触。犯人は、『何らかの方法』により被害者の腎臓を瞬時に抜き取り殺害した。周囲が犯行に気付いた時には既に犯人はいなかった。因みに被害者はまだ小学二年生に上がり立ての少女だ」

 あり得ない、と女刑事は一笑に付す。

 だが、それが事実なのだ。歴然とした、動かし難い明確な現実。

 それを先輩はあり得ると胸を張って主張する。

 何故なら、この手のものを僕らは腐るほど経験してきたからだ。

だから僕らは現に今呼ばれてここにいる。

 こういった超常現象が絡んだ事案は全て僕と先輩に回される。


「もう何件も似た事件が続いている。被害者は全て幼い少女、その悉くが肉体の一部を損失している。我々は犯人は同一人物と睨んでいる」


「後輩君、どうやら新手の『サイコ』みたいだね」


 僕と先輩は、超常現象を引き起こす超能力者を『サイコ』と呼んでいる。我ながら陳腐な呼称ではあるが、しっくりくるのだからしょうがない。

 女刑事が溜息と共に眉間をつねる。


「ハァー、ったくやってられないね」

 そう言って懐からシガレットのケースを取り出した。

 ライターで先端を着火すると、口に咥えて目を細める。

 女刑事にとっての精神安定剤のようなものかもしれない。

 それにしても、現場でタバコを吸うのは如何なものだろうか。

 やがて女刑事は紫煙を吹かすとこちらを一瞥してにやりと笑みを浮かべた。


「少年、もしかして今現場でタバコを吸うのは御法度だとか思わなかったかい?」


 あまりにも的確で、出し抜けに聞かれたものだから僕は思わず女刑事の顔を二度見してしまう。


「ああ、その顔は図星だな。まあ、確かに少年は正しいよ」


 女刑事は再びシガレットを吹かし、少し間を開けてから口を開く。


「死体なんて良い匂いもしない。タバコでも吸ってマスキングしてなきゃやってられないのさ」


 それに、と続ける。


「こんな天候だ。鼻なんて元から効きやしないさ」


 ヘッと笑う女刑事の顔にはどこかやけくそという単語を連想させるものがあった。


「まあ、そう捨て鉢気味になるものではない。シガレットが吸いたいのであれば好きなだけ吸えばいい。事件の解決は私達が保証するよ。最も、君の肺の健康までは保証できないがね」


 至って現実主義である刑事には今回の事件は重荷が過ぎたのかもしれない。

それに先輩は勘付いたのであろう。

 先輩のウィットの富んだ台詞に女刑事は思わず苦笑している。


「ハハ、正にその通りだな。事件は君に任せて私はいつも通りシガレットを吹かせてもらうとするよ。現場は好きなだけ見ていい。既に鑑識も始まっている。彼らの仕事を邪魔さえしなければ、何を聞くのも君たちの自由だ」


「ふむ、つまり私たちは警察側から全面的な支援を受けているということか?」


 先輩が薄く笑みを湛え、腕組みして尋ねた。

 女刑事の口振りからすると、この場における全権を与えられたのに等しい。

女刑事はシガレットを携帯灰皿に押し付けると、流し目で先輩を一瞥して注釈を加えた。


「まあ、飽くまでも私の権限下でだがね。

こんな気味悪い事件に関わりたくないのが、ここにいる奴らの本音だよ。君らが事件を解決してくれるというなら、協力を惜しまないだろうさ」


 女刑事は携帯灰皿を懐に仕舞うと、それじゃあ、と一言告げ視界から消えていった。

 僕らがここにいる以上彼女のやれることは少ない。

 だからと言って、本当にシガレットを吹かすだけというのはあり得ないが。

 恐らく情報収集にでも駆り出されているのだろう。


「さて、後輩君。私達も現場を見てみようじゃないか」


 先輩が、懐から棒付きのロリポップを取り出してそう言った。

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