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魔法系短編

溶ける

作者: seia

 じ――っと机にある木の器に盛られた食べ物を見つめる。

 どうして食べてはいけないのだろう?

 こんもりとした乳白色の山が、どんどんと形を崩しているのだけど。

 しかも美味しそうな香りが鼻孔を突っついて、お腹がキュルキュルと言い出している。



「アーネスト、まだだぞ」


 僕に後ろ背を向けているお師匠さまの声。甘い香りがする食べ物に、伸ばしていた手がビクリと止まってしまった。なぜ僕の行動がいつもわかってしまうのだろう? 後ろに目がついているのだろうか? 魔女だけに。


「……あの、いつになったらいいんでしょうか?」


 お腹が鳴ってるので、口に入れたいのですが。不満で木製スプーンを思わず強く握りしめてしまう。

 なぜ、この原型を留めることができない食べ物まで、お師匠さまの許可が必要なのだろうか。

 ……長く艶やかな山吹色の髪の下に目があるのだろうか。目を凝らして見るが、作業で揺れる髪の隙間からは見えない。いや第三の瞳ってことで普段は閉じていて、わからないようになってるだけなのかもしれない。


「おい、視線がうっとおしい」


 眉間に皺を寄せたお師匠さまが振り返った。


「……」


 一瞬開いたのだろうか?タイミングが非常に……。


「ってお師匠さま、その鍋に入ってる黒い物体は何ですか?」


 振り向きざまに、火にかけていた鍋も持っていた。お師匠さまは角度まで気付かなかったようで、ぶくぶくと気泡がところどころに出来た黒いなにかが、僕の目に飛び込んできた。甘い香りにうまく隠れていたようだが、振り向いたことで異臭が鼻を刺激した。


「え? いや、こ、これは。って!!! おい、アーネスト! 溶けているじゃないか!」


 鍋を慌てて火元に戻すと急いで駆け寄って、器を持ち上げた。


「なんで早く言わなかったんだ? こ、これは溶けると美味しさが半減するんだぞ!」

「いえ、あの……」


 言いがかりだ。お師匠さまは、この食べ物を机に置きながら、"私がいい、と言うまで食べるな"と言ったのに。溶けたら知らせてほしい、なんてことは頼まれていないのに。


「はぁ。……いいんだ。私が悪いから」


「へっぇ!?」


 思わず裏返った声をあげてしまった。お、お師匠さまが自分に非があると、じ、自分の口でいうなんて。空から大きな石でも降ってきそうだ。


「そう。悪いから、これは私が食そう」


 そう言うなり、器に口をつけすすり出した。


「まだ冷たいな」


 満足げに口を拭っている。


「お、お師匠さま?」


 スプーンを持っている手が震えた。お腹の減る僕の前で。しかもゲテモノ料理でない、久しぶりにまともそうな食べ物が意図も簡単に消えてしまうなんて。


「なんだアーネスト?」


「ひ、ひどいですっ!」


 言わずにいられなかった。僕はドン、と両手を机について立ち上がると、すいっと目の前にお師匠さまが(しょく)した器を差し出してきた。


「……!」


「良い所は残しておいたぞ」


 胸を張って宣言された。嬉しいけれど、微妙だ。スプーンで三掬いくらいしか小さい山が残っていないのだから。


「ほら、さっさと口にしないと溶けてしまうぞ」


「は、はい」


 慌てて、柔らかな山をスプーンで掬い取り、口へ運ぶ。舌に乗ると、掬ったものがすぐに溶けてしまった。冷たくて甘い。何口でも食べていたい、初めての味。


「どうだ?美味しいか?」


 にんまりと満足そうに笑むお師匠さまの顔がそこにあった。


「お師匠さまはいいですよね」


 ボソリと呟いてしまった。はっ、として顔をあげると笑みが消え、頬を膨らませているお師匠さま。……まずい、機嫌を損ねてしまった。


「わ、悪かった。こ、今度はちゃんと食べさせてやるから」


 今度もまた、自分の非を素直に認めてしまっている。一体どういう風の吹き回しだろう。思わず小首を傾げたくなる。


「まぁ期待しないで待ってますけど。……お師匠さま、この食べ物の名前はなんというのですか?」


 鍋の後始末に取りかかろうと背を向けたお師匠さまが、びくっと肩を震わせた。ん? なんだろうこの反応は。


「な、なんというのかな」


 乾いた笑いがあとに続き、作業に移ろうとしているけれど、鍋やスプーンをガラガラガシャンと上手く摘まめず落としている。明らかに動揺して……いる?


「お師匠さま? 大丈夫ですか?」


「い、至って大丈夫だ。心配するな。っふぉぉっ!」


 め、珍しい声が聞こえた。慌てて料理場に急ぐと、右の人差し指から赤い液体が垂れていた。


「お、お師匠さま!!」


 珍しいにもほどがある。豪快な調理裁きにも関わらず、一度も流血なんてしなかったお師匠さまが、目の前で刃物で指を少し切っている!僕は、すかさずお師匠さまの手を取り、水瓶から水を椀で掬い、血を洗い流した。それだけでは止まることがなく、思わず指に唇をつけてしまった。


「ば、馬鹿者! そ、そんなことはしなくていい。離れろ!」


 指に口をつけたまま見上げるとお師匠さまの顔が血色に似るほど真っ赤になっていた。って、ど、どさくさに紛れて、何やってるんだ自分!!

 自分の行動に狼狽しながら離れた。

 気まずい沈黙が僕たちに流れている。

 どうにか話題を切り替えたいのに。何をどうやって話していいかわからない。お師匠さまの顔なんか見られなくて、足元を見つめた。穴があくくらいに。どのくらいの時間がたったのだろうか。居たたまれなくなってきて顔をあげようとしたその時、


 ”バッターン”


 勢いよく家の扉が開け放たれた。新緑の香りが運ばれ……って、違う。そんなことではなくて。


「やぁ、メーヴィスッ! さっきのアイスクリームというのがな、美味しくてだな。また貰ってきたんだ。……って君たち何石みたいに固まってるのだね?」


 乱入者は首を傾げながら、革袋を広げ、机に幾つかの包みを置き始めた。


「ややっ、ダイアン――っ」


 涙が何粒か走りざま零れ落ちたように思えたけれど、見間違いだろうか? 人間たちと特に親しくしている旧友、ダイアンさんのもとにお師匠さまは勢い余って抱きついた。その反動でダイアンさんは派手に尻もちをついて、顔をしかめている。


「ど、どうしたんだね? メーヴィス?」

「少しお前の胸を貸してほしい」

「……まぁ減る物でもないしな」


 ダイアンさんは、困った顔をしつつも自分の豊満な胸に擦り寄る頭を撫でている。ひとしきり撫でていると、お師匠さまが何を思ったのかガバっと起き上がった。


「うむ。ダイアンの胸は気持ちがいいな! さてアイスクリームなるものをもう一度食そうではないか、アーネスト」


 いつもの勝気な言い方のお師匠さまに戻っている。ホッと胸を撫で下ろす。さっきのことは忘れてくれた

 のだろうか。


「は、はい」


 蒸し返すことはせずに、お師匠さまに薦められるまま机の方に移動する。この包みに『アイスクリーム』というのが入っているのか? ごくりと唾を呑む。


「ん? メーヴィス。どうしたその人差し指。傷口から血が滲んで……ないか?」


 包みの結び目を解こうとしているお師匠さまに、ダイアンさんが声をかけた。ま、まずい。


「え?」


 慌てて指摘された指をお師匠さまは凝視した。


「あ、こ、これはだな。そ、その」

「気のせいか? この傷、修復しているように見えるのだが」


「へっ!?」


 お師匠さまと僕の声が重なってしまった。


「凄いなぁ。いつの間に修復魔法なるものを覚えたのだね? メーヴィス」

「……私ではない」


 ぽつりと呟き、僕のほうをお師匠さまが見つめた。そしてダイアンさんも。え? どういうこと?


「まだ見習いで、なにもできないお坊ちゃんだと思ってたんだがね、君もいっぱしの魔女の血筋がちゃんと流れていたんだね」


 喜々としてダイアンさんの金色の瞳が輝いている。なにかへこんでしまいそうなことを言われた気がしないでもないけど。


「よかったなメーヴィス。これで心おきなく叩きこめるでないか?」

「そ、そうだな」


 視線があらぬところを彷徨っている。


「とはいえ、早く食べないとアイスクリームが溶けてしまうんだな。さっきのは、ちょっとくすねてきてしまったが、あまりにも美味しかったので、きちんと断りを入れてから頂いたから、心置きなく食べようではないか!」


 豪快に笑いながらダイアンさんは言った。


「く、くすねてきた?」


 僕は心で思ってたことを口にしてしまった。ギロリとお師匠さまの瞳が睨んできた。こ、これこそ石になりそうだ。


「ダ、ダイアン、それは秘密にしようと言ったじゃないか」


「秘密はよくないんだな、メーヴィス。くすねてきたものは、くすねた。頂いたものは頂いたと胸を張って言わなくては」


 ある意味潔いというかなんというか。


「アーネストも青筋立てないでほしいな。ほらメーヴィスはほとんど籠りっきりだからね。私が(そそのか)したのだよ。メーヴィスを怒らないでやってほしいのだな」

「べ、別に怒ってませんよ。ぼ、僕も食べてしまって同罪ですし……」

「そうそう。腹に入ってしまえば変わらぬしね」


 ……それもどうかと思うけど。今度は口に出さなかった。何しろお師匠さまが包みを開け、アイスクリームなるものをじっーと見つめているから。


「さて、メーヴィスは待ちきれないようだから、溶けないうちに食べてしまおうかね」

「はい」

「では食そう!」


 一番にスプーンを乳白色の山に突き入れ、掬いだし、口に運んだのはお師匠さまだった。いつも上品にゆっくり食べるのに、今は違う。小さい子供のように心弾ませて食べている。

 なんだか可愛い光景だ。

 僕とダイアンさんも口へとスプーンを運ぶ。口の中に広がる冷たさと甘さ。なんて絶妙なんだろう。

 そうだ! こんなに喜んで食べているんだもの、今度街へ行って作り方を教えてもらおう。きっとお師匠さまは喜んでくれるはず。

 あっという間に平らげてしまったお師匠さまの少女のような爛漫さを見ながら僕は思ったのだった。





お題サイトさま「神威(Kamuy)」さま:URL→http://alkanost.web.fc2.com/odai.html より、

【水色伍題。】

溶ける / HYDRANGEA / ひとしずく。 / 爽風 / ラムネ、のうち今回「溶ける」から。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイスの魅力(乳白色ということはバニラアイスでしょうか^ ^)に魅入られてしまった魔女たち、というストーリーが、なんとも愛らしかったです。溶けかけたアイスの描写なども、とても美味しそうでし…
2014/03/10 22:28 退会済み
管理
[良い点] とても読みやすい筆致でスラスラ読めました。前回読ませて頂いた「それは卵だった」では「女性」が、「溶ける」では「食べ物・アイス」がモチーフの一つになっていて、話に入りやすかったです。 [気に…
[一言] 日常の中のひと景色の良さがありますね。 よっぽど、和尚様はアイスクリームが好きなんですね。 ひとつ、なんで傷が治ったのかはイマイチよく分かりませんでした。あと、「鍋やスプーンをガラガラガシャ…
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