第零話:始まりは唐突に
え~、始まりました。
かわまさによる、『転生した俺は勇者として魔法世界を救うらしいですよ?』外伝。
まぁ、軽い気持ちで読んでください。
人が死ぬ前っていうのは、漫画みたいに、必ずしも何らかの背景があったりして、否応なしな理由で死んだりするわけじゃなくて。
何の背景も何の伏線も何の事情もなく、あっさりと、死は訪れる。
◆
うだるような日差しの中。
俺は買ったばかりの冷たいミネラルウォーターを一口含む。
「う~ん。最高だぜ・・・」
87円の2リットルサイズ。値段と量で決めたものだが、なんかミスマッチだよな、俺と。
「しっかし、まだ六月だってのになんだこの暑さは。太陽が痛いよう」
「兄さん。今のはさすがに・・・」
隣を歩く妹に、惹かれてしまった。間違えた、引かれてしまった。
「いやしかしだな三葉よ。こうも暑いと俺の頭も限界なわけですよ。くだらない駄洒落の一つや二つ、許してはくれませんかね」
「気持ちはわからないでもないですが・・・。確かにこの暑さは、心頭を滅却すれば~とも言えませんしね」
「だよな~。あ、そだ。ほれ、水」
そういって、俺は持っていたミネラルウォーターを三葉に渡す。
「お前もしっかり水分補給しとけ」
「えっ、と。はい、わかりました」
そういって三葉は、ペットボトルを両手で持ち上げ、水を口に含む。
あ、口元離してる。お兄ちゃん、軽くショック。まぁ、そういうお年頃なのかもね。
「ありがとうございます、兄さん」
「ん。飲みたくなったら言えよ?なんなら口移しで飲ませてやるよ」
「暑さ故のジョークだと捉えておきますよ、兄さん。次は警察です」
「チッ。妹にセクハラも出来なくなったか。嫌な世の中だぜ」
「いつの時代に、妹へのセクハラが容認されていたんですか?」
そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは歩いていく。
「そういや三葉。今日はどこに行くんだ?」
せっかくの日曜に外出する理由を教えて欲しい。まぁそうでなくとも、可愛い妹とデートできるなんて、どんな天気でも出掛けますが。
「残念ながらデートではありませんよ。別に深い目的はありません。ただ、せっかくの休みを、何もせずに怠惰に過ごす兄さんを、放っておけなかっただけです」
「お前は俺の母さんか」
「私は兄さんの妹です」
そうですよね。知ってます。
「じゃあ、予定は決まってないってことか?」
「いえ、予定というほどではありませんが、行きたいところならあるんです。少し本屋に」
「本屋か。そういえば俺も、そろそろ行こうと思ってたんだよな。好きな作家さんの新作が、そろそろ発売だしな。もしかしたらもうでてるかもしれん」
「新作ですか?」
「あぁ。『ぼ○の勇者』」
「あぁ、あの方ですか。なるほど、あの作者様の新作ならば、期待が持てますね」
「だろ?」
果たして発売しているのだろうか。今からわくわくが止まらない。わくわ○さん、長年お疲れ様でした。
「兄さん。まだ、つ○ってワ○ワクが残っています」
「心を読むんじゃない」
妹には見せられない、ちょっとアレな妄想とか出来なくなるでしょうが。
「そういう三葉は、なに買いに行くんだ?」
「私は普通の純小説ですよ。この間、たまたま気になるものを見かけたので」
「へぇ。お前が思わず惹かれるってことは、きっといい本なんだろうな」
「兄さん。本を、いい悪いで分けてはいけませんよ。本というのは人の想いです。そこには、人それぞれという違いはあれど、優劣なんて存在しません」
「あぁ、悪い。言い方が悪かったな、言い直そう。お前が惹かれるってことは、お前の好みに合った本なんだな」
「あ、そういう意味でしたか。いえ、それはまだわかりませんよ。私は、買おうと思った本は立ち読みしない主義なので、内容だって全く知りませんし」
「そっか。まぁどんな内容であれ、本を読むことは貴重な体験になるだろうな」
気に入る内容、賛同できる、共感できる内容でなくとも、そこから得られるモノは貴重なものだ。納得のいかない内容でも、嫌いだな、と思った内容でも、その本に対する感謝の気持ちを忘れてはいけない。
当初の目的どおり、ダラダラと会話をしながら歩いていると、不意に自分の腹が減っていることに気が付いた。
「そういや、そろそろ昼飯の時間か・・・。三葉。本屋行く前に飯食わねぇか?」
「ん、そうですね。じゃあどこか手頃なところで・・・」
あっ、と思い当たる。
「じゃあ、ラーメン行こうぜ、ラーメン」
最高に完璧な提案だと思ったのだがしかし、三葉の反応は思ったより悪かった。
「はぁ、ラーメンですか。兄さん。女性に勧める料理としてはどうなのですか?そのセンス」
なんかあきれられてしまった。何故だ?
「バッカお前ラーメン馬鹿にすんなよ!?この世で最強の食い物といっても過言じゃねぇぞ!?」
カレーなんて目じゃないね!ステーキ?焼肉?んなもん、肉焼きゃ良いだけだろうが!(←言いすぎだとは思っています。決して作者の意思とは関係ありませんので。焼肉好きだし、ステーキだって好物ですよ)
「じゃあ、聞きますけど兄さん。ちょっと入り組んだ路地のラーメン屋さんで、1人カウンター席に座り、豪快にラーメンを啜っている女性を見たら、どう思いますか?」
「惚れる」
なにその人かっこよすぎる。そんで麺の固さはバリ硬、いやハリガネかも知れん・・・。そりゃ惚れるでしょ!そんな人とは、是非とも行きつけのラーメン屋や、気になっている店の情報とか、そんな話題のトークがしたい。
「すいませんでした兄さん・・・。そもそも兄さんに、女性のことがわかるわけありませんでしたよね」
「何いってんのお前。俺に女を語らせたらヤバイぞ?」
「法的にですか?」
「ちげーよ!なんで俺って基本、危ない人扱いなんだよ!」
「いやだって、妹に口移しとか言う男ですよ?」
「あぁ!?可愛い妹に自分で水を飲ませてあげたいと思う欲求のどこが悪いんだよ!」
「あー、そもそも一般的な解釈が、私たちとは違うんですね」
「いや、あの・・・なに言ってんですか?」
なぜか思わず口調が改まる。この威圧感は・・・まさか、覇○色!?
「はぁ~。この後本を買う予定なんですから、予算も少ないですし、軽いファーストフードでいいんじゃないですか?」
「あぁ・・・はい。それでいいです」
◆
「あの・・・」
「ん、どうした?」
注文を終え、トレーを抱えながら三葉の確保してくれていた席に行くと、なぜか三葉がこちらを見て若干驚愕していた。
「それって・・・」
席に着き、テーブルに置いたトレーの上の商品を指差す三葉。
「これ?いやなんか新商品って書いてあったから」
「それ・・・兄さんは中身がどんな内容か知ってるんですか?」
「あぁ・・・確か『激辛!対人類殺戮化学兵器予備軍バーガー~ハバネロをぶち込んで~』だったか?まあ、名前からしてそこそこ辛いんじゃねぇの?」
「そこそこなんてレベルじゃ・・・ありませんよ」
三葉の表情は、恐怖に蝕まれていた。なんだ?そのトラウマでも思い出すような表情は。
「お前、食ったことあるの?これ」
そう聞くと三葉は、搾り出すような声で、しかししっかりと答えてくれた。
「・・・・・・えぇ」
「ふ~ん。参考までに聞くけど、どんな感じだった?」
すると三葉は、震えを押さえ込むような声で、続ける。
「予備軍ではありません。それは・・・・・・もはや強力な兵器です。一口、たった一口・・・しかも友達のものだったから少し遠慮して、本当に小さな一口しか食べていなかったのに・・・私は、私は・・・!」
「お、おい。どうした」
「風香も、洋子も・・・みんな・・・!」
「え、なに?お前化物からの唯一の生還者ポジ?」
「とにかく兄さん!私としては少し、というか全力でお勧めしませんが!もしそれでも食べるのなら、せめて、それだけを口に入れるのだけは止してください!そうだ、190ミリリットルほどのドリンクを一緒に口に含むというのはどうでしょう!」
「軽く缶一本分じゃねぇか・・・。大丈夫だよ。俺、最近辛い物への耐性がスゲェ上がったから」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。最近は、ホットドッグにマスタードをつけて食べれるようになった」
「その程度ですか!?」
「バッカお前、マスタード先生舐めんなよ?あんなのちょっと付いてるだけで常人なら発狂するレベル」
「兄さん。そもそもマスタードはスパイスですよ。ちょっとしたアクセントです」
「じゃあ、寿司にわさび付いてても我慢して食えるようになったし!」
「我慢してる時点でアウトじゃないですか」
「じゃあじゃあ!○蘭でラーメン食うとき、秘伝のタレの量を二分の一から普通にしても大丈夫!」
「兄さん。さっきから小学生の自慢話みたいになってますよ。なんですか、その無邪気さと可愛さは」
あぁ!三葉が優しい目をしてる!これはアレだ。俺が小学生のときに『かけっこで一番になったよ!』って母さんに言ったときの目だ!もしくは『将来は社長になる!』と言っていたときの母さんの目だ!
いや、そもそもだな。と俺は三葉をたしなめる。
「確かにお前の意見はわからなくもないが、でもそれはあくまでお前の体験談だ。俺はまだ一口も食ってねぇんだから、そんな批判や文句を言えるわけねぇだろ。相手を知らずに避けるなんてのは、いけないことだ」
「はぁ・・・確かに、兄さんの言う通りですね。すいません、意見を押し付けすぎました。じゃあ、私はこのフィッシュバーガーを食べているので。あ、もし欲しくなったら、私のドリンクも飲んでいいですよ。まだ口付けてませんので」
「おっと、急にお手洗いに行きたくなった」
「不自然すぎですよ!それに、仮にお手洗いに行ったところで、兄さんがそれを一口食べるまでドリンクに口を付けませんからね!」
「あ、別に行きたくなくなったわ」
「清々しいほどの切り替えの早さ!」
そんなこんなで。
「んじゃ、いきますか。いただきまぁす!」
ぱくっ。
「・・・」
「ど、どうですか?大丈夫ですか兄さん?あとスタッフの方々。水と担架を用意するくらいなら、あんな商品出さないでください」
「・・・・・・」
「?兄さん?」
「は」
「あははは!ははははは!」
「ど、どうしたんですか兄さん!壊れちゃいましたか!?」
「あはははははは!あはははははははは!!!」
食らう。さらに食らう。手の中にあるバーガーを、ただひたすら口に運ぶ。そして、全て食べ終わり、渾身の一言。
「思わず笑っちまうくらいにうまい!」
「え?辛くないんですか?」
「いや、そりゃ辛いけど。でも、うまい辛さだ。食欲をそそる辛さだな」
「あの辛さでその境地に至れるなんて、すごいですね、兄さん」
それからしばらく、三葉には尊敬の眼差しを向けられ、店内のお客さんからは拍手喝采を浴び、店員からは無料券を受け取った。どうやら、俺がとても嬉しそうに食べていた姿が、店長に気に入られたようだ。
◆
「兄さん。ありましたか?」
本棚の影からひょいっと顔を覗かせる。可愛い。
「ん、あぁ。ほら」
俺は、手に取った本を見せる。
というか、店頭にあった。新刊のコーナーに。今は料理本を見ている。
「三葉は?あったのか?」
「はい。ありました」
そういって、目的のものを見せる三葉。
「して、いくら?」
「え?えっと・・・380円ですけど」
んじゃ、俺のと合わせて千円以内か。
「んじゃ、レジ行くか」
そういって俺は、三葉の本を抜き取りレジへ向かう。
「あ、兄さん?自分の分は自分で払いますよ!」
「え?いやもう買ってるし」
「はや!受け取ってから五秒も経ってないのに、もう財布に手をつけて!?」
というわけで、千円札でお釣りを受け取り、三葉の元へ戻る。
「ほれ。なんか特典付いてきたぞ」
そういって、三葉の本が入った紙袋を手渡す。
「・・・ありがとうございます」
三葉が、拗ねたように受け取る。
「ん?どうした」
「いえ・・・兄さんは、どうしていつも、とか思っただけです」
は?いつも?なに、どういう意味?
「・・・はぁ~。もういいですよ。ほら、行きましょう」
え、ため息吐かれた?なぜ?
こうして本屋を後にした。
◆
俺たちはいま、信号待ちをしている。
日はもう傾き始め、遠い空をオレンジ色に染め始める。
そんな夕日に照らされて輝く妹の横顔に、思わず見惚れていると、三葉にバレてしまった。
「どうしたんですか?」
「あぁ、いや・・・。なんでもないよ」
どうにも気恥ずかしく、素直に答えることが出来ない。三葉はそんな俺を、くすっと笑う。
「ふふふ・・・。兄さん、変な顔」
「ぐ・・・生まれつきだよ。悪かったな」
「あはは。そうじゃないですよ」
そういってくすくす笑う。あぁ、きれいな笑顔だなぁ。どんな宝石よりも美しく、価値がある。・・・・・・高いんだろうなぁ。俺ごときが見るなんて。
信号が変わる。妹が歩き出す。
「ほら兄さん。行きますよ」
「・・・あぁ」
まったく・・・可愛いなぁチクショウ!
悔しがりながら、家に帰ったら精一杯いじってやろうと思い、車道に踏み込む。
視界の端に映るのは、高速で走ってくるトラック。そして躓く幼女。
出来すぎてるな。
瞬間、幼女に近づき、その服を掴む。
そのまま三葉に投げつける。かなり無理な体勢で投げたため、俺はバランスを崩しかける。思わず反射で、足を出す。
一方の三葉は驚きつつも、しっかりと受け止める。
さすが、俺の妹。
これで三葉は動けない。俺に駆け寄ってくることは出来ない。
『あぁ・・・まったく』
加速する思考と、減速する視界。
トラックは迫る。しかも反対側からも。
二台かぁ・・・。トラックに撥ねられるのは定番だけど、挟まれるのは史上初じゃないか?
迫るトラック。こりゃ、助かんねぇな。
はぁ・・・やっぱ、アイツの笑顔は高かったなぁ。
そんなことを考えながら、俺の視界、思考は途切れ、最後の、いや最期の想いを紡ぎながら、暗闇へと落ちていく。
『大好きだ、三葉』
さて。こうして始まる彼の物語は、『転生した俺は勇者として魔法世界を救うらしいですよ?』という作品でどうぞ!
これ以降は、彼と彼を取り巻く周りの日常を、淡々と書いていく予定です。
あ、時系列とかは無視の方向で。基本、短編集みたいな目で見てください。
次回からは本家のように、あとがきにはキャラを登場させていく予定ですので!
それでは、今後ともかわまさと、可愛い俺の作品たちをよろしくお願いいたします!
あ、ちなみに作者。つい一昨日に誕生日を向かえ、晴れて十七歳を迎えました。
おぅ・・・、少しずつ大人に近づいていっている・・・。
歳は取りたくないですね!