疑惑
テオドールは、父のあとについて行った。
再びはじめてはいる部屋だ。父の執務室。
決して父が入れてくれなかった部屋をテオドールは物珍しげに見まわした。
家具調度は、ほかの部屋のものとそう変わらない。初めて見るのは重厚な執務机だ。
黒檀で精緻な飾り彫りがなされたそれは、噂では五代前から使っているらしい。
たぶん今でもこの机はあるんだろうなと、しげしげと見つめた。
順当にいけば、テオドールがこの机を使うことになる。
古い物だけあって、あちこちに細かい傷が入っている。
そして、机の上には、分厚く書類が積み重ねてあった。
父は執務机につくとその書類を脇にどけて新しい書類を側近から受け取った。
「どういうことだ」
父が眉をしかめて呟く。
「これはまるで私が、アレイスタ殿下を支持しているようではないか」
そうして書類を机にたたきつける。
「それだけではありません。セシリア様の父君サザン伯爵閣下もそのようにと」
「馬鹿な、セシリアとの見合いの時にはそんなことは全く聞いていなかったぞ」
思いっきり顔をしかめる。
「問題ですか」
「当然だ。我が家はローゼン殿下を支持する。それが私だけでなく親族たちの総意だ。それがどうしてこんなことに」
「そうですよね、そもそもサザン伯爵がアレイスタ殿下寄りであればそもそもその息女セシリア様との縁談を親族がお膳立てするはずありませんよね」
沈痛なため息をついて父は書類を焼き捨てるように指示した。
先ほど積み重ねられた書類を元に戻して命じる。
「しばらくサザン伯爵の様子を探れ」
難しい顔をして父は書類を指先でぱらぱらとめくる。
それがいらついている時の父の癖だ。手の中のものをなんとなくいじり倒すのが。
機嫌がいい時の癖は全く知らないが、不機嫌な時の癖ははっきりとわかる。
テオドールはなんとなく泣きたくなった。
「セシリア様には何とおっしゃいますか」
「何言わなくてもいい。どの道そうしたことには疎そうな女だ」
父はぶっきらぼうに言い捨てる。
ふとテオドールは気がついた。
もしかしていよいよ核心に迫りそうになっている?
母は常々言っていた、セシリアが父を裏切ったと、それが今かもしれない。
そうだ、たぶんアレイスタ殿下というのが、反逆者として処分されたという皇子だ。その反逆者と通じているなんて噂を流されたら父の立場は致命的になる。
平和な世の中に生きていたテオドールにもわかる道理だ。
父はセシリアは関係ないと言っていたけれど、今まさにセシリアがそんなうわさを流したのかも。
そこまで考えて、テオドールは挫折する。
なぜなら、セシリアは嫁いで以来一度も館の敷地内から出ていないのだ。
館は広いし、貴婦人というものは、そうそうであるかないものだ。近隣の貴族の館にお呼ばれか、催しものでもない限り。
そしてそんな外出はとてつもない遠出になる。
首都に暮らす貴族は、結構近距離に他の貴族のお屋敷があるらしいが、地方領主となれば隣の領土まで行かなければならない。必然的の泊まり込み。
そのためセシリアは館の庭園より外に出ることなど不可能なのだ。
だからセシリアのことは放っておけと父は言ったのだろう