セシリア
次の日に今度は本当に最初から、セシリアが嫁いできた日をさかのぼることになる。
ふと思う。テオドールはセシリアの顔を知らない。
誰もがセシリアが何をしたのかを言わず、その人となりを語らない。
それは父が禁じているからだと思う。
ほんのわずかなセシリアのことを語ることすら許せないほどセシリアを恨んでいるのだろうか。
それならばなぜ自分の耳にセシリアの悪名が入らないのだろう。
主を裏切ったひとでなしなら、悪口雑言に関してはそれほど厳しく禁じられることでもないだろう。
そんなことを思いながら扉の開くのを待った。
扉が開き、青年の父と、まだ少女のあどけなさのセシリアが入ってきた。
セシリアは、長い薄茶の髪に濃い青の瞳の清楚な少女だった。
父とセシリアはそれぞれ戸惑ったように見つめあう。
「あの、カーマイケル様?」
父の名前をおずおずと呼ぶ。そのか細い声に、父は苦笑した。
「とりあえず、様はいらない。とりあえず、見合いから一度も会わずに婚礼だ、君の好みのものなど調べることもできなかったが、あちらが君の部屋だ」
そう言って窓から見える、二階の部屋を指差した。
「では案内しよう」
父はセシリアの手を引いてそちらに歩いて行く。
テオドールは、セシリアの部屋と指示された部屋が今どう使われているか思い出そうと頭をひねった。
あの棟は確か、立ち入り禁止だった。
セシリアが使っていたからか。
テオドールは一度も入ったことがない。近づけば使用人たちが適当な理由をつけてテオドールをそこから引きはがす。
テオドールは二人の後をついて、自分の家なのに始めてはいる場所に足を踏み入れた。
そこはこれと言って、変わったものがあるわけではなかった。
数メートルおきに静物画がかけられ、曲がり角に花が活けられている。
父が、扉を開けた。
その部屋は、全体的に淡い色でまとめられていた。
基本はベージュ。家具の焦げ茶。それ以外の色は、窓際の小卓の花くらいだ。
「家具はこれでいいか?」
セシリアは目測で衣装ダンスや、書き物机の大きさをはかり頷いた。
「何かほしいものがあったら、ダリアに伝えるように」
父がそう言うと、セシリアは軽く首をかしげた。
「ダリアってどなたでしょうか?」
「貴女付きの女中だ。後であいさつに来るだろう。ここでしばらく待っていてくれ」
そう言って父はセシリアを置いて出て行った。
再び扉が開き、そばかすの浮いた黒髪の少女の年齢の女中が現れる。
「お嬢様、お荷物をお持ちしました」
そう言って、この屋敷の使用人に手伝ってもらいながら、衣装の入っている大箱を運び入れた。
その女中は見たことがない。それにテオドールはダリアなら知っている。この少女とは別人だ。
にこにこと笑って箪笥の前にそれを運ばせるセシリアは、どう見ても普通の少女にしか見えなかった。