テオドラ
にんまりと時の妖精は笑う。ふとテオドールはその笑顔を見て思う。人を誘惑して破滅させる悪魔はきっとこんな風に笑う。
「お前は、あの不幸な夫婦の間に生まれたからお前なんだ。もしあの二人が結婚しなければお前は生まれなくなる。お前はセシリアの死と引き換えに生まれた」
テオドールは無言でその言葉を聞いていた。
「だからセシリアが死なない場合お前は消える」
テオドールは黙ってそれに頷いた。
時の妖精が、その手を掲げた。
その手の中で白く光るそれは徐々に形をなし始めた。
最終的にそれはまるでガラスケースの中の人形のように見えた。
透明な長方形の箱の中にしまいこまれた少女。
長いくせのある黒髪に飾られた赤いリボン。しっかりと閉じられた瞼がまるでミルク飲み人形のように見える。
リボンと同じ赤いドレスを着た少女は自分と同じくらいの年ごろに見える。
いや、なぜかその顔にとてつもなく見覚えがある。
赤いドレスとリボン、長く伸ばした髪。それを除いたら。
当然だがテオドールは自分が目を閉じた顔を一度も見たことがない。
だが間違いなくその顔は身なりを整えるために覗き込んだ鏡の中の自分の顔に酷似している。
自分の顔をした少女が、ガラスケースの中で眠っている。
「これはお前じゃない」
眠る少女を指差して時の妖精が言う。
「これはテオドラ。セシリアが産むはずだった子供」
テオドールはテオドラを凝視した。
テオドールの代わりに生まれてこれなくなった少女。
「お前が消えることによって、テオドラが生まれてくる。そしてそれをお前は見届けることができない」
時の妖精からすべての表情が消えた。
テオドールは背後の屋敷を見る。
ただ淡々と過ごしてきた屋敷。楽しかった思い出も悲しかった思い出もない。特に好きな人間がいるわけでもない。
寂しいとすら考えたこともなかった。
もしテオドラなら、この屋敷で、もっといろんな経験をするのだろうか。
ふいにテオドールの心にきざしたのは幽かな妬み。幽かなそれでも生まれて初めて経験する嫉妬だった。
だけどテオドールは小さくかぶりをふってそれを振り払う。
「セシリアを助けることができるの」
「簡単じゃないがね」
時の妖精がそう答えた時、テオドールの心はきまっていた。
「セシリアの命を救ってほしい」
ハッキリと相手の目を見てテオドールはそう言った。




