廃墟
どうやら場所が、この館から外に移る。
テオドールはどうしようと、あわただしく出かけて行こうとする父親とその部下たちを見ていた。
テオドールは馬にまだ乗れない。こっそり父親の馬に乗り込むこともできない。
「それならこういうのはどうだ」
テオドールの身体が不意に浮いた。
妖精が、テオドールの襟首を掴んで持ち上げている。
「私が触れている限りは空を飛べるぞ」
ああ、そう言えばこいつ超常現象な生き物だっけ。
今更ながら思い出す。
「それに、ついて行かなければ見届けられないだろう」
妖精はにんまりと笑う。
笑っているのに、無表情に見えるのは何故だろう。テオドールは場違いにそんなことを思った。
なんとなく見覚えのある景色から、一度も言ったことのない景色へと移り変わる。その向こう側にその建物は立っていた。
かろうじて立っているのは、石造りだからといったふうで、かなりの長期間誰も住んでいなかったのは丸わかりな建物だった。
石の土台はともかく、窓枠の木はあちこちどす黒くくすんでいる。
カーテンのかかった窓も見えるが、濫婁という言葉がふさわしい有様になり果てている。
うち捨てられた場所。
周囲は雑草で覆われ、出入り口の周りにもまんべんなく生えていたが、最近その雑草がが踏み荒らされた跡がある。
つい最近この場所を使った人間がいる。そして今も。
父親と周囲の人間は険しい目をして、それを見ていた。
周囲がざわめいている。そのざわめきはなぜかセシリアを不安にさせた。
「お嬢様、旦那様と、カーマイケル様がおいでです」
カルミアがうっすらと笑う。
「たとえお父様と旦那様がいらしたとしても、貴女方は私を返すつもりはないでしょう」
セシリアはそう断じた。
「何をおっしゃいますの」
「カルミア、貴女は私を馬鹿だと思っているけれど、そっちの方がよっぽど馬鹿よ、私の身柄を引き換えにあの二人に何をさせようとしているか知らないけれど、私があちらに帰ったら、あの二人がおとなしくあなたの仲間の言いなりになるはずがない、だから……」
人質は手元に確保しておかなければならない。でなければ意味がない。だから、あの二人が現れても、セシリアを返す気がないのだろうと言いかける。
険しい顔をしたセシリアにカルミアは嫣然と微笑みかけた。
「お嬢様、そのようなことはお嬢様のお気にかけることではありませんわ」
慇懃無礼と箱のことだろうとセシリアは思う。心のこもっていない礼儀正しさほど腹立たしいものはない。
「お嬢様、そのように気をかけていただくのはうれしゅうございますが、そもそも最初に潜入する前に下ごしらえは済んでいるのですよ」
カルミアの笑みはどこまでも昏い。
セシリアは小指を咥えた。
もう何も話したくはない。そんな意思表示だ。
カルミアは嘲笑と共に去っていく。見送るセシリアに馬のいななきが聞こえた。




