定められた過去
父親はしばらくその足元に転がる物体に目をやっていた。
物体は生きていた。たぶんそれは本でしか呼んだことはないが、簀巻きにされた人間というものだろう。
「これは一体」
ようやく口をきくことができたようだが、その表情は胡乱なものだ。
「内通者だ」
サザン伯爵の答えは端的なものだ。
「数年間使い続けてきた奴らだ。だからこそ油断もあった」
その口調に、苦さが混じる。
「内通者はほかにもいる。セシリアの婚礼に合わせてこの家にも潜り込んだ。あの女中はどこにいる」
「女中?カルミアのことですか」
父親は軽く額の汗を拭いた。
「セシリアとカルミア二人の行方がわからないのです」
あれ、とテオドールは思った。この時点で誤解は解けたはずだ。それともまだ別のことを疑っているんだろうか。
そんなことを思いながらテオドールは二人の様子を観察していた。
みるみる青ざめていくサザン伯爵。そして、一瞬額に青筋を浮かべたが、すぐに冷静になって、下に転がした簀巻きを冷たい目で見降ろす。
「少し、この連中を締め上げねばならないな」
それに父親も同意する。
「しかし、その、セシリア様を無理やり拉致したなら、カルミアだけで可能でしょうか」
父の側近がそう言うと二人は重々しく頷く。
「ほかにいなくなっている奴はいないか、それともあの女が手引きした誰かがいるんだろう」
父の口調は苦々しい。
「私がもっと早く気づいていれば」
「いや、おそらくそちらが気付いたと察したから強硬手段に出たんでしょう」
事態は自分の想像とは別の方向に走ろうとしている。
テオドールは掌に汗をかいていた。じっとりとした手を神経質にハンカチで拭きとる。
騒がしく周囲の人間は地図を覗き込んだり、書類やそれに聞き込みをして恋などと使用人に命じたりとしながらいいあっている。
テオドールはそれを見ながら思う。これは過去、もう定まってしまったこと。
セシリアは、その部屋の中で途方に暮れていた。
背後の物音に振り返ると、そこに立っていたのはカルミアだった。
「カルミア、あなたも捕まってしまったの?」
「違いますよ私は捕まっていません」
唇に笑みを刻みながら答えたカルミアのその微妙な言い回しをセシリアは無言で反芻する。
「でも、私は捕まったのね」
どうやら、この女中に売り飛ばされたのだろうと見当はついた。
「ねえ、カルミアあなた私のこと、嫌いだったの」
セシリアの唐突な問いに、カルミアは笑みを消す。
「どうしてそう思ったのです?」
「枯れるはずのない花が、何度も枯れたわ、あれはあなたの仕業でしょう」
「そうですけれど、理由が違います。花が枯れたら、貴女は別の植えるものを調達して来いっておっしゃるでしょう。屋敷を出る理由のためですよ」
「私をこんな目に合わせる準備のため」
セシリアはため息をつく、やっぱり嫌いなんじゃない。




