悪化の一途
それからも事態は悪い方に動き続けた。
父親の書類が荒らされているのに気付いたのは、父親の側近だった。
書類の数を確認してみる。
徐々に青ざめてきた。
足りなくなった書類の中身を思い出したのだ。
「なるほど」
父親は不自然なほど静かにその話を受け止めた。
「だがいったい誰がそんなものを持ち出すというんだ?」
今この館にいるのは、代々この家に仕えている者達だけ。例外は立った二人、セシリアとその女中。
「あの二人の様子を探れ」
「しかし、いくらなんでも」
父親は小さく首を振った。
「仕方あるまい。新参者はあの二人だけだ」
そう言われても、うら若い女性二人でなにができるのかといいたくなった。しかし主が聞く耳を持たないのは見ればわかる。
テオドールは胸が冷たくなるのを感じた。すべてが最悪の方向に動いている。
自分の判断を呪いたくなる。
どうして過去を知ろうとしたのか、知ったところで何もできないのに。
父親はどんどんセシリアへの疑いを強めていく。
セシリアの女中がよくセシリアに用を命じられて、よく街に下りていることがわかったのが最悪だった。
徐々にだが、確実にセシリアの立場は悪くなっていく。
そしてセシリアはそんな環境の変化に気づいていない。
テオドールは見ていたから分かる。セシリアは何もしていない。
何も気づいていない。
セシリアは茶器を弄んでいる。
「ねえ、カルミア、あなた何かした?」
セシリアが怪訝そうに尋ねる。
「どうかなさったのですか、お嬢様」
ティーポットを構えたままカルミアはセシリアの顔を覗き込む。
「なんだか、他の使用人がよそよそしいのよ」
目の前の焼き菓子に手を伸ばす気もしないのか、ただ茶器を弄んだままだ。
「それで、どうして私が何かしたかとおっしゃいますか?」
「だって、私は心当たりがないもの」
セシリアはきっぱりと言う。実際セシリア本人は、それなりにこの家の使用人達と親しもうと努力をしていたのだ。
それなりな努力はそれなりな結果を生みつつあった。はずだった。
しかし最近はセシリアが話しかけてもそそくさとあちら側に行ってしまう女中達。食事の際、料理人に料理のことを聞こうとすれば言葉を濁して会話が進まない。
今まで最低限の会話は成立していたのに。
料理人だって隠し味を聞いたくらいでたじろいだりしなかったのに。
「変なことを言った記憶もないし」
花壇に食べられる花を植えてあるから食材として提供しようかという会話は以前成立していた。
「旦那様も最近目を合わせてくださらないし」
それが一番の問題だ。夫婦の不仲は二人だけの問題ではない。夫の親族と実家の身内の両方に影響を及ぼす。
「何故かしら」
セシリアは陰気に呟いた。




