序章
あっさり読める小作品の予定です。主人公がうじうじしてますがどうぞご愛顧ください。
どんよりとした空をテオドールはうんざりとした顔で見上げた。
冬の鉛色の空は心浮き立つものではない。ましてやこの地方の冬はいつも厳しいといわれている。
中庭でぼんやりと、空を見上げていると、父親が出てきた。
どうやら中央に及ばれだ。あの様子だとしばらく帰ってこない。
「父上、いってらっしゃいませ」
そう声をかけたが、その言葉はあっさりと黙殺された。
父は視線すら動かさず、テオドールの存在ごと無視した。背後にいる父親の部下が気遣わしげにテオドールを見たが、結局無言を貫いた。
いつものことだ。
父と母は政略結婚だった。
テオドールが生まれるまでは普通の夫婦のような態度をとっていたらしいが、生まれてからは母とテオドールの存在そのものを無視するようになった。
だからと言ってテオドールが父親の実子ではないというわけではない。
くせのついた黒髪や、黒に見える紺色の瞳、そして基本的な顔立ちもだれもが父親似っているが、テオドールはそれを信じていない。
自分の部屋に戻る。
机と勉強用の本棚と寝台しかないだだっ広いだけの殺風景な部屋。
たぶん今頃、母は泣いている。
おそらくいつもの口癖が出ているころだ。
それは父の前妻セシリアに対する恨みごと。
もうだいぶ昔の話になってしまったが、かつてこの国にはいろいろともめごとがあり、前妻と結婚したばかりの父もそれに巻き込まれたらしい。
そして前妻は父を裏切ったのだそうだ。その裏切りが忘れられず、父は女性全般が信じられなくなってしまった。
そんな噂を聞くともなく聞いてしまったことがある。
いつか自分の愛でその女性不振から立ち直らせて見せると言っているが、それでどういう行動をとるのか、それらしいことは一切見ていない。
最初から跡取りを産ませるためだけに相手にしたのではないかとテオドールは思っている。
だから跡取りが生まれてしまったらもう用はないとみなされた。そんな相手に愛など通じるはずはない。
作っておいていないふりをする父親も、現実を見ようとしない母親もテオドールにとっては当たり前のことになっていた。
いつもと同じ退屈な日々。
いきなり扉が開き、母親が入ってきた。
父親の気を引くためか色鮮やかなドレスが、泣き顔と合っていない。
内容はいつも通りの泣き言と恨みごと。床にうずくまって泣いている母親の髪をなでながらテオドールはため息をついた。
もう、この人を可哀そうだと思うことすら苦痛だ。
「それでも信じているからセシリアに裏切られた心の傷が癒えれば、あの人はもう一度私を見てくれるって」
憑かれたようにそう繰り返す母親にテオドールは機械的に頷いた。
もし、父上がセシリアに裏切られた心の傷をいやしたら、求めるのは別の女性でしょう。
決して口にすることのない、テオドールのとても正直な言葉だった。