第5話「明るくもないタクシーの中で」
千鳥足のキミはとてもとても迷惑だったーーなんて、朝方まで千鳥足だったボクが言えた筋合いじゃないのだけど。タクシーに乗り込むまでの時間は、ハッキリ言って『地獄』だった。
歩かない。
座り込む。
ぶつかる。
走り出す。
なんだね、キミは。もしかして幼稚園児かね?
周囲を歩く通勤途中のサラリーマンやOLの冷たい視線に耐えながら、なんとかキミをタクシーへと押し込めば……
「…お客さんもご一緒ですよね?」
肩越しの視線がさらに痛い。はい。スミマセン。正直、ボクも帰りたいんですが…電車も走ってるコトですし。なんてドライバーに言えるワケもなく、仕方なしにボクも車に乗り込むコトにした。
「大久保通り、まっすぐね。環七のトコら辺」
そしてさらにボクを見てニッコリ。…か、可愛い……かも? と思いきや、ドサリと頭が落ちてきた。いや、比喩的にじゃなく、本当に。
膝枕をしたのなんて、かれこれ何年ぶりだろう? まあ…確実に1年はしてないな。窓から差し込む冬の鈍い光すら眩しいのか、彼女がボクのダウンを引き寄せる。
こうして明るい場所で見る彼女は、少し化粧がハゲかかっているものの、なかなか可愛らしい顔立ちをしているようだ。
ストレートロングの薄茶色の髪、色白の肌、赤みの強いぽってりとした唇。…素顔がどうかはわからないけど、まずまずボクの好みではある。
「お客さん、そろそろ着きますけど…」
キミの寝顔を眺めるうちに、うとうとしていたボクは、その声でハッと顔を上げた。
「麻美ちゃん、起きて。家、どこ? オレ、わかんないよ」
と揺り起こすもそのかいなく、差し出されたのは二つ折りの長財布。あぁこれこれ、ギャルの定番ね! って違うだろ!!
一向に起きる気配のない彼女を背負い、タクシーを後にした。
「あっち」
ジャラジャラという音の先には白いマンション。
「503」
手にはしっかりとキーケースが握られている。ここまで来たら、もう自棄だ。ヨイショと背中のお荷物を背負い直し、『あっち』の『503』号室へと歩き出した。