第4話「送らされオオカミなんて怖くない」
「にひのさんは〜なにをやってるひとなんですかぁ〜?」
「…麻美ちゃん、もしかして(しなくてもだけど)キミ、酔ってるでしょ?」
店内にはたったの2人、席を並べれば話をしたくなるのもわかる。ましてやそれが酔っ払い同士なら。加速度的に酔いが廻ったのか、彼女の声は伸びてしまったカセットテープの音のように低速回転を保っていた。
カウンター越しに苦笑いしている店長が、彼女のグラスに水を注ぐ。
「ん〜〜〜でもぉ〜こんなじかんにのんでるってことは〜もしかして」
グラスを両手で握りしめ、カウンターに突っ伏しながらもボクの顔から眼を離そうとしないキミ。例えばボクがキミの彼氏だったならば。ボクはこっそり妄想する。
とろりと溶けた瞳を閉ざさせて、まずは瞼にキスをして。質問だらけな唇も聞きたがりなその耳も全部全部食べてしまおう。
キミの質問をテキトーに流しながら、甘露な妄想に励んでいると、突然、キミは宣った。今までのスローモーさとは裏腹な、ジェット機並みのハイスピードで。
「にっち、そんなに暇だったら、ウチで家事手伝いやってよ! うん、それがいいわ。シンちゃん、お会計っっっ!」
はい? 今、アナタ、なんとおっしゃいました?
「だってにっち、家事得意なんでしょ? 料理も洗濯も掃除もなんでもござれって言ってたじゃん」
確かにそんなコトはあるのだけど、いや、だから、そうじゃなくて……。
「いーの、もう決まったの! だ・か・ら、シンちゃん、にっちの分も早くお会計して!!」
ボクは訳がわからない。というよりも、男2人はこの状況がわかっていない。どうしたものかと店長を見るも、彼もまた、フリーズ中のご様子だ。
「わ、わかった。と、とにかく、麻美ちゃん、家まで送るから、お、落ち着いて…」
ボクが言い終わるのを待つことなく、キミはコートを羽織り、カウンターにピンとした真新しい1万円札を放り出した。
キャバクラって儲かるんだなぁ…なんて感心してる場合じゃない。
スタスタと早足で歩き始めたキミは、店の扉に辿り着く前に焼酎の棚とご対面。ステンッと効果音が聞こえそうなほど見事な尻餅に、思わずボクは10点満点、じゃなくて送りオオカミならぬ送らされオオカミを請け負ったのだった。アーメン。