第1話「今宵いつものバーへ」
あの日、ボクは酔っていた。道路のセンターラインが二重どころか三重に見え、ついでにぶつかりながら止めたタクシーに乗車拒否されるくらいには。
財布の中には3軒目で貰ったお釣りが千円ちょい。ポケットのジャラ銭を合わせても、とてもじゃないがカプセルホテルすら泊まれやしない。
このままじゃ確実に轢死か凍死だな…。歩道脇に止められたボロボロの自転車(モチロン、誰のモノかはわからない)に寄りかかり、始発までの時間を思う。季節は冬。近くに住んでいる友人も…この時間じゃ起きてはくれないだろう。
そしてボクは歩き出した。酔いに任せて――と言うよりも、仮眠を取りたくて――いつものバーへと向かうために。
そういえば、初めてアソコに行ったのも、こんな夜だった。
それはまだボクが所謂ちゃんとした社会人をやっていた頃の話。あの日はボクの送別会で、新橋、銀座、新宿とキャバクラやなんかを何軒もハシゴして。最後はどこで誰と飲んでいたのかさえも覚えていない。
そんな朦朧とした意識の中、まだ家には遠いというのに、なぜかこの街でタクシーを降り…歌声と笑い声がかすかに聞こえる、このバーの扉を開けたのだった。
「あっ、西野さん、いらっしゃい。珍しいじゃん、こんな時間に」
「いやぁ飲み過ぎちゃってさ。今日は早く帰る予定だったんだけどなぁ」「西野さん、飲み過ぎるとウチ来る癖、絶対止めた方がいいって(笑)」
7席ほどしかない木目の低いカウンターと小さなボックス席。その後ろには全国各地から集めたという焼酎のボトル棚。シンプルというよりは殺風景という言葉がお似合いな小さなバー。
ココがボクの行きつけで…キミと出会った場所だった。