第11話『彼女のお仕事』
ピンポーンピンポーン♪
立て続けに鳴らされたチャイムの音で、ボクは意識を取り戻した。枕元に置いた時計の針は、おやつの時間を示している。ってコトは、ご主人さまのお帰りかい? まだ覚醒しきれないカラダを無理矢理動かし、ボクは玄関へと向かった。
「おかえりなさい」
「お腹減った」
…。相変わらずの返答にそのまま座り込みそうになる。だ〜か〜ら、帰ってきたら、まずはただいまでしょ。そんなボクを尻目にキミは言った。
「にっちも飲むでしょ?」
と必殺スマイル。彼女の手からコンビニの袋を引き取れば、中から出てくる出てくる宝の山、じゃなかった、酒の山。前言撤回、キミ、最高!
ワインにビール、缶チューハイにJINROの瓶。キミ、酒屋でも始めるの? とそんなツッコミをさらりとかわし、彼女はマイペースにお部屋へIN。
「うわぁ、スゴ〜イ! わたしの部屋じゃないみたい!!」
そうでしょうとも、頑張ったからね、家政夫さんは。思わずにやけるボクの顔。いそいそと服を脱ぎ捨てるキミの行動。…えっと、服はね、服はね、こうしてハンガーに掛けてだね、衣文掛けに掛けて欲しいワケですよ、家政夫さんとしては。
彼女、散らかす役。ボク、片付ける役。
お互いの役割分担がより明確になったところで、ご主人さまのお腹の具合を確認する。
「ワインに合うおつまみと甘いモノ!」
ウィ、ムッシュ!! ってコレじゃ某アイドルの看板番組みたいじゃないか。まあ、いいけどね。ワインね、ワインに合うおつまみ……と言われましても、さすがにそこまでの用意はない。
「そうなの? んじゃ焼酎飲む〜」
はい、喜んで! あぁ、これじゃどこぞの居酒屋さんになってしまう。そんなやりとりもつかの間に、ボクはおつまみを完成させた。
卵とベーコンの炒め物に韓国風冷奴、そして最後は、箸休めのほうれん草とじゃこのおひたし。う〜ん、我ながらほれぼれするこの手腕。
小さなテーブル一杯に並んだ皿を目の前に、キミは豪快に焼酎を麦茶で割っている。ん? 麦茶?
「これが飲みやすいんだよ〜。飲みすぎて酔っ払っちゃうけど」
手渡されたグラスにも、やはり、入っているのは同じ物。だまされたと思って…と口をつけると、なかなかにいい具合。モグモグ、ゴクリ、モグモグ、ゴクリ。咀嚼の音と本日の業務報告が終わったところで、ボクは素朴な疑問を投げかけた。ところでこの家、なんでTV置いてないの? 壊しちゃったから。買わないの? うん、あんまり観たくないから。ふ〜ん。
「観たくないの、あの人が出てるから」
しまったと思うまもなく、何やら意味深な言葉が聞こえ、彼女の瞳からツゥーと鼻水じゃなかった、涙が零れ落ちる。けれどキミは、こんな時でも、キャバクラ嬢だった。瞳はけっして閉じてはいけない。そう教え込まれでもしたかのように、背筋を伸ばし、瞳を開き、その涙を拭こうとはしない。
ゆったりとしたワンピースから覗く細い首と華奢な肩。くるりと巻かれた薄茶色の髪が卵形の頬をゆるやかに覆っている。より大きく見えるようにと太めにひかれたアイライン。これでもかといわんばかりに持ち上げられた長い睫毛。そして零れ落ちる、涙。
「ごめん、もう寝るね。疲れちゃった」
コトリ。手にしたグラスをテーブルに置くと、彼女は化粧も落とさず、ベッドへと転がった。何の質問も受け付けない、毅然とした背中をボクにむけて。