第9話『ボクのハートはくりぃむしちゅー』
マンションから約10分、『あっち』のスーパーにたどり着く。まだ午後も早い時間というコトで、店内には暇そうな奥さま方の姿がちらほら見えるばかりだった。
若い(…そこまででもないけど)男が平日のこんな時間に…と不審そうな眼で見られながらも、ボクは手早くかつ的確に必要な食材と部屋に見あたらなかった掃除用具を買い物カゴに納めていく。
牛乳にタマネギ、ジャガイモくん♪ 鶏さんも買えば、あっという間にくりぃむしちゅーの出来上がり! 今日の夕飯のメニューは決まりだな。
ちょっとした自慢なのだけど、ボクはなかなかの料理上手だ。こだわり料理から節約カンタン料理まで、ハッキリ言って、何でもござれ。なんてったってひとり暮らしが長いからね! ってこっちの方は自慢でも何でもないんだけど。
1年前、つまり、ボクが会社を辞めるまでは、彼女と呼べる存在もいた。本当ならば結婚も…する予定だったワケだ。でも、ボクは逃げ出した。社会から。そして彼女から。無責任だと言われるかも知れないけれど、ボクにとっては、それは重要なコトだったんだ。
と、いけない。今のボクには感傷に浸っている暇はない。お腹を空かせた幼稚園児が駄々をこねて待ってるからね。
「ただいま〜」
「おかえりー」
さほど大きくもないスーパーを一回りし、ボクが買い込んだのは、食材2人前約3日分とバルサン含む掃除用具の計2袋。もちろん、当初の目的、インスタントコーヒーも抜かりなく購入した。
うん、初日の戦利品としては悪くない。冷蔵庫に戦利品をしまい込み、朝食用のチーズトーストとスクランブルエッグに取りかかる。
「いっただきまぁす」
出掛ける前よりは多少服の量が減ったのか(あとで洗濯機に入れただけなのが判明したけど)、どこからか出てきたテーブルに並んだ食事はものの15分ほどでなくなった。
「にっち、料理、上手ね〜。う〜ん、いい人見つけちゃった!」
いやいや、それほどでも…っておかしくないか? その発言。ま、美味しかったならいいけどね。
こうしてボクはヒモ(!?)生活の最初の労働を、無事、終了したのだった。