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ブラック企業を辞めて隣の県に逃げた俺、なぜか隣室の眼鏡美人(※正体は推しの引退アイドル)に「ご飯を食べさせて」と捕まる。  作者: 英 慈尊


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焼き餃子定食

 さて、本日の夕食とする予定だった生姜焼きは、カノンたんの血肉になるという栄誉――マジで代わりたい――に与かり、この世から消滅した。

 すると何が起きるのかといえば、俺の夕飯におけるメインディッシュも消滅するということなのであるが、何も問題はなし。

 冷凍保存を見越して多めに炊いたご飯はまだあるし、味噌汁も明日の朝飯にしようと思っていたので残りがある。

 後は、手を抜きたい時のために購入してある冷凍餃子を焼けばOKというわけだ。


「ふうん……ニ◯レイに感謝だぜ」


 即席焼き餃子定食の前で手を合わせながら、呟く。

 さらに、飲み物として冷え冷えのジョッキに注いだビールも用意してある。

 これはまさに、パーフェクトハーモニー――完全調和を果たしていると言えるだろう。


「さて、味付けは……」


 いざ実食。

 だが、ここで迷うのは餃子の味付けだ。

 結局、ここに至るまで迷い決められなかったが……俺は、畳の上に用意した調味料類から、ちょっとだけグレードの高い穀物酢と、缶のブラックペッパーをチョイス。

 小皿の中に、酢胡椒を作り上げる。


 確か、俺が高校生くらいの時だったかな?

 今も順調にシリーズを重ねている大ヒット飯テロドラマでこの食い方して、それが爆発的に普及したのを覚えていた。


 つまみ上げた餃子を、ちょんちょんと酢胡椒に付けてやる。

 昔は、皮がべしゃべしゃになるくらいタレを付けたもんだな。

 でも、今は違う。

 餃子の上側を四等分したとして、そのうち一ピース部分のみを酢胡椒へ浸した。

 そして、これを――味わう。


「くううっ……!」


 ……たまらない!

 まず、第一に感じられるのは――食感。

 メーカーが血肉を注いで開発したこの冷凍餃子は、蓋をせずともバリリと焼き上がるのが特徴。

 過度にタレへ浸さなかった結果、そのバリバリ感はいまだ生きており……俺の歯を受けた餃子の皮が、指を突き入れられた障子のごとき心地良さで破れる。


 そして――肉汁!

 流れる! 溢れ出る!

 薄い皮一枚で押し留められていた挽き肉の肉汁が、口内に迸り出した!

 そして、それが皮に付着していた酢胡椒と混じり合い、こぼれ出た具材にまとわりつく。

 刻まれた肉と各種の香味野菜類が混然一体となるこの味わいが、たまらない。

 焼き餃子という料理に特徴的なのは、これが油の風味もまといながら、熱々の状態を維持していることだろう。


 そう……最後の調味料。それは熱だ。

 口の中を火傷しかねないほどの熱量が、餃子の味わいを極限まで高めているのであった。


 そして、これをサッパリと引き染めるのが――酢胡椒。

 ちょっとだけ良いのを選んでいるお酢は、単に酸っぱいだけではなく、フルーツめいたほのかな甘さも備えている。

 それが、ブラックペッパーのピリリとした風味と共に、爽やかな後味を与えているのだ。


 モニュリモニュリと、よく噛み味わう。

 そして、掴んだジョッキを勢いよく煽った。


「――ブラアッ!」


 窒息しそうな勢いでビールを飲み込み、息を吐き出すのが作法!

 口の中へ残滓として残っていた餃子の味わいが、ビールに含まれる麦とホップの旨味をさらに際立たせる。

 そして、ナイフで切りつけられたかのように爽快な炭酸の切れ味が、快感を与えるのだ。


「ふぅ〜……」


 これは――祭り!

 当初想定していたメニューから変更することとなったが、これが俺の求めていた祭りだ……!


「美味しいね、カノンたん♡」


 そして、最初の一杯を味わったところで話しかけるのは――推し。

 ちゃぶ台の上に並べられた五種のアクスタは、当然ながら黙して喋らない。

 だが、俺の脳内ではアクスタと同じ格好で語りかけるカノンたんの姿が現出――しなかった。


 代わりに思い浮かぶのは、ピンク色のジャージを着用し、ボッサボサの黒髪をだらしなく伸ばした眼鏡美女……。

 そして、その彼女――現実(リアル)カノンたんこと花岡花音たんは、今も壁一枚隔てたお隣にいるのである。


「ふ、ふふ……」


 我知らず、笑みがこぼれた。

 そう……俺は……。


「……とんでもねえこと申し入れちまった」


 ようやく、正気に返ったのである!

 どうするどうするどうする?

 俺ならどうする?

 誰かに助けてもらいたいところだが、百パーセント己でまいた種。

 というか、いかなるスーパーヒーローであっても任せたくない案件であるのは、間違いなかった。

 推しの食は、俺が救うのだ!


「そうだ……やるしかねえ!」


 心の火が燃え上がったのを、強く感じる。

 さらなる燃料を得るべく、餃子にかじりつき、白飯もかきこんだ。

 うむ……美味い!

 そもそも、餃子っていうのは穀物の皮を被った料理であるというのに、どうしてこうもご飯に合うのでしょう!


 この白飯自体も、奮発して10万する炊飯器を買った甲斐があって米粒総立ち!

 舌を撫でる米粒の食感そのものが、無限に唾液を排出させる。


 そして――味噌汁。

 具材はキャベツともやしであるが、キャベツ味噌汁の注意点として、キャベツのアクがあった。

 これを丁寧に取り去ってやり、雑味を消し去っているのが、この味噌汁。


 そして、俺流のこだわりなのは、生姜焼きにも使用したもやしが、緑豆ではなく黒豆であること。

 好きなんだよね。ブラックマッペもやし。

 緑豆もやしに比べ糸のように細いもやしは、しかし、芯のところに確かな甘みと食物繊維が感じられるのだ。


 うん……この味噌汁も、いい出来。

 ぶっちゃけ、これだけでも飯のおかずとして成立しているレベルだ。


「さて……明日の朝ご飯はどうしようかな?

 カノンたんなら、何が食べたい?」


 自身に栄養補給しながら、推しの栄養補給について思案する。

 だが、当然ながら、俺に語りかけられたアクスタのカノンたんは、極上の笑みを浮かべるばかりで何も答えてくれなかった。


「まあ、俺が自分で考えないとだよな」


 救うべきは現実の花岡花音たんの方なので、そちらの姿を思い浮か――。


「――何思い浮かべてんだ俺!

 死ね!

 心の火を燃やしてぶっ潰れろ!」


 ガンガンガンガン! と、畳に頭を打ち付ける。

 何故こんな奇行に及んだかというと、初対面時に不可抗力で揉んでしまったお山の感触を、つい思い出してしまったから。

 今は若い命を真っ赤に燃やしてる場合じゃねえだろ! 俺!


「はぁー……はぁー……。

 とにかく、栄養状態はあまりよくなさそうだったな。

 手作りの味噌汁が久しぶりだとかなんとか、口走っていたし」


 野菜たっぷりなこの味噌汁を、彼女は実に美味しそうにすすっていた。

 経験上、足りてない栄養を摂取した時、美味しさは二割増となるものだ。

 話を聞くだに不摂生な暮らしをしているようだし、野菜が足りてないに違いない。

 ……それであのナイスバディは――違う! 思い浮かべるな! 死ね俺!


 セルフパンチを一発、自分の頬に見舞う。

 それで思考を切り替えた。


「となると、多分、緑黄色野菜が絶望的に足りてねえよな。

 なら、明日の朝ご飯は……」


 冷蔵庫の中身は、全て頭に入っている。

 それらの組み合わせから、最適解を生み出すのは――楽しい。

 チェーン店での調理では得られない、誰かのためだけを思ってメニューを考える喜びだ。

 そして、その相手が推しともなれば、俺は心の火が燃え盛るのであった。


「よし……メニュー決定だ」


 そして、焼き餃子定食を完食し、ジョッキに残った最後の一滴まで飲み干した頃には、答えが出ていたのである。

 お読み頂きありがとうございます。

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