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ブラック企業を辞めて隣の県に逃げた俺、なぜか隣室の眼鏡美人(※正体は推しの引退アイドル)に「ご飯を食べさせて」と捕まる。  作者: 英 慈尊


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◯◯焼き

 古来より、一定数以上の人間が集まった都市には、城というものが築かれてきた。

 その理由は、俺などには想像もつかないほど数多いだろう。

 軍事基地、役所、貯蔵所、象徴などなど……。

 集団を集団としてまとめ上げるために必要となる様々な役割を果たすためには、ある程度の大きさを誇るハコがどうしても必要となるのだ。


 それは、21世紀も四分の一を終えた現在においても、変わらない。

 いや、発達した建築技術は、かつて以上の速度でもって、この地上に巨大な城を造り上げている。

 都心部における城とは、再開発に起因する巨大商業施設や、タワーマンション。

 そして、俺が暮らす地方都市における城とは、ずばり……イ◯ンであった。


 ――イ◯ン!


 我が国において、文句なしでトップシェアを誇る小売グループだ。

 最大の特徴は、各都道府県に設けられたモールやタウンといった名称の複合商業施設。

 場所によっていくらかの違いはあるものの、いずれもスーパーマーケットを中心に種々様々なテナントや遊興施設が入っており、地方在住民にとって、なくてはならぬ生活インフラ兼娯楽施設となっていた。


 そして、俺とカノンたんが暮らすこの都市にも、それは――存在する!


「ふわあ……すごい大きさ」


「ふふふ、これが地方都市のイ◯ンタウンだよ」


 車窓越しにそれを見て、可愛らしい口を大きく広げるカノンたんに、理由のない誇らしさで告げた。

 そう……まず最初に圧倒されるのは、その大きさだ。

 確か、前にスマホで調べた時は、東京ドームの1.5倍だったか。

 それだけの面積を一個の商業施設で占めているのだから、なるほど、タウンを標榜するだけのことはあった。


「車も……一杯。

 都内だと、立体駐車場にしないと収まらないのに」


 続いてカノンたんが驚いたのは、巨大な建物の周囲へズラリと駐車されている自動車の数だ。

 軽自動車からスポーツカーに至るまで一通りが揃った様は、一種の博覧会……と言いたいところだが、そう称するにはいささかSUVやミニバンの示す割合が多い。

 これはずばり、積載能力と走行能力こそ正義という地方の事情が関係していた。


 買い物にしたって、毎日行うわけではなく、可能ならまとめて行いたい。

 また、都会の人間に比べれば圧倒的に運転時間は長くなるため、SUV以上の走行能力と居住性を求めたくなるのは人情である。


 料理人ならば、包丁。

 デスクワークならば椅子。

 長く使う品は、良い性能のものを選びたいのだ。


 と、いうわけで駐車場に入り、都内ではなかなか見る機会がない「晴天の下、ズラリと並んだ駐車中の自動車」というシチュエーションを推しに見せつけながら、ふと尋ねる。


「あれ、でもわざわざこの都市を潜伏先にしたんだよね?

 ここ出身ってわけじゃないの?」


 地元出身者ならば、この光景はそれこそ日常のはずだ。

 何しろ、住んで間もない俺ですらここに通い詰めていた。

 が、返事を聞いて納得。


「出身は都内で、こちら側に引っ越したお友達の協力で、あのアパートに住んで……ます。

 そうでもしないと、すぐプロデューサーに見つかっちゃうので」


「なるほど、昔の知り合いとかからは、簡単に辿れないわけだ」


 カノンたんが所属していたエボル・プロダクションは、業界でも一、二を争う規模の会社だ。

 当然、所属タレントの失踪などに対してもノウハウはあるわけで……それを半年間、推しがかわし続けられた理由が分かった。

 同時に、隣の彼女が、それだけ本気でアイドルを辞めたがっているということも……。


 ……正直、少し寂しい。

 そんな俺の思いを乗せた我が愛車は、開いている場所を求めてトロトロと駐車場を行ったのである。




--




 そして、あら不思議!

 今、俺とカノンたんは、それぞれ大判焼きの包みを手にしていた!


「いやあ、なんだろうな。

 こういう所でこういう店見かけると、つい買い食いしたくなっちゃうこの気持ち」


「えへへ……。

 これは、別腹!」


「熱々のうちに食ってくんな!」


 ニコニコ顔で大判焼きを持つ俺たちに、キッチンカーのおじさんが威勢のいい声をかけてくれる。

 いやあ、目的が食器類だったから、スーパーがあるのとは別区画から入ろうとしたんだけどな。

 その入口付近で、丁度このキッチンカーが営業していたというわけだ。


 食というものから思考を切り離していた顧客へ、強制的にそれを呼び起こさせる。

 呼び起こさせたならば、ただちに買い食いさせて利益とする。

 このイ◯ンタウンとキッチンカーの思惑へ、まんまと乗せられたと言えるだろう。


 だが、それもまた悪くはない。

 三月初旬を迎え気温もそこそこ上がってきたが、それでもこの地方はカラ風が厳しい。

 熱々の大判焼きというのは、何よりのご馳走であった。


「ところで、よかったのかい?

 奢ってもらっちゃって?」


「む、むしろ、これまでご馳走になってたのが、おかしかったので……!

 食器も自分のお金で買いますし、お金に関しては、後でちゃんとお話したいです……!」


 財布のセンスもまた、独特ということだろう。

 グ◯チのがま口財布を空いた手で握ったカノンたんが、力強くうなずく。

 うーん、推しへ貢ぐことならば、グッズやCDの購入で幾度となく行ってきたこの俺であるが、まさか推しに奢られることとなるとは。


 つーか、この大判焼きって、他のカノンたん推しが彼女へ貢いだ金で買われたものだよな。

 ……うん、深く考えても仕方ないや。


「「いただきまーす」」


 二人して、にっこり笑顔で大判焼きに挑む。

 ちなみにだが、揃って王道を行くあんこだ。


 まず、一口。

 食して感じられるのは、香ばしさでも甘さでもない。


 ――熱。


 舌よりも先に、唇が……あるいはこの両手が、小さな大判焼きに秘められた圧倒的熱量を感じ取る。

 そして、熱さというものは味覚の一種であるというのが、俺の持論だ。

 それは暴論であったとしても、味というものは温度で変化するのだから、調味料として作用しているのは間違いないだろう。


 熱々というその感覚が脳に与える情報量というのは、それほどまでに多い。

 ゆえに、気が利いたラーメン屋やうどん屋は、提供する前に丼をお湯などで温めるのであった。


「ハフッ……ハフッ……」


 舌が火傷しそうなくらい熱い大判焼きの生地を、吸い込んだ空気で冷ますこの喜び!

 そうすることでハッキリ舌に感じられるのは、生地が持つほのかな甘さ……。

 これは、熱によって実際の糖度以上に力強くくっきりと感じられているのだ。


おいしい(ほいひい)


 熱さで滑舌が怪しくなってる姿も可愛いカノンたんと共に食べ進めると、おお……ズッシリとした重さが頼もしかったあんこが、ついに姿を現す。

 生地以上の熱量を秘めたあんこの甘さは、まさに……甘味!

 甘味!

 圧倒的――甘味である。


 この店は粒あんを採用しているわけだが、その粒感と、噛んだ後にねっとりと後を引く食感……。

 それから、小豆という食材が持つ砂糖とは別種の厳かな甘さが、かえって砂糖の味をハッキリと浮かび上がらせているのかもしれない。


 とにかく、間違いないのは、俺とカノンたんが今、甘さを味わっているということ……。

 それも、極上の熱さが保たれたそれを、三月の屋外で、だ。

 なんて――贅沢。


「美味しいね」


「はい……本当に美味しいです」


 カノンたんと顔を見合わせ、続く言葉を同時に呟く。


「「大判(今川)焼きは」」


 ……。


「「は?」」


 そして、互いに首を傾げた。

 オイオイオイオイオイ。

 なあなあなあなあなあ?

 これは、大判焼きだろう?


「「あの――」」


「――いいかな?」


 言いかけた俺たちを制したのは、キッチンカーのおっちゃん。

 一体、何を?

 困惑する俺たちに、彼はこう言ったのだ。


「うちのは、回転焼きだよ」




--




 小麦の生地を型に入れ、あんこなどを具材として焼き上げるお菓子が生まれてから、幾世紀。

 その呼び名は、今川焼き、大判焼き、回転焼き、その他諸々に別れ、混 沌 を 極 め て い た !

 お読み頂きありがとうございます。

 「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。

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