大掃除
――ここはお掃除するから、ちょっとそっちで遊んでいなさい。
……このようなことを言われ、つまみ出された室内飼いの犬や猫は、今の花音と同じ気分を味わえるだろうか?
「あう……」
半ば……いや、完全に追い出される形で隣室――二海の部屋へ移動させられた花音は、ゲーム機を抱えたまま狼狽することとなった。
ハッキリ言ってこの状況……かなり恥ずかしい。
何しろ、花も恥じらう乙女の部屋を男性の手に委ね、自分はその男性が暮らす空間に――。
――ガッシャーン!
――キイン!
――コンコンコン……!
――ズゴゴゴゴゴッ……!
壁一枚隔てた隣――花音の部屋から響き渡る音を聞いて、そのような考えは霧散して果てた。
あれは、あそこは、そのように可愛げのある空間ではない。
れっきとした魔の空間であり、一種のブラックホールなのだ。
その証拠に、何か時折「うわー!」とか「もう駄目だー!」という二海の声が聞こえてくるし。
「はう……ごめんなさい」
壁に向かって、なむなむと手を合わせる。
もし彼が倒れたとしたならば、その勇敢な戦いぶりは、花音が語り継がねばならないだろう。
無力な花音に今できるのは、こうして祈ることと、もう一つ。
「……ゲームしよ」
持ってきたSw◯tch2を起動することであった。
こういう時、モニターがなくとも遊べるこのゲーム機は本当に便利!
そのため、わざわざゲーミングPCを用意してある花音であるが、このゲーム機で遊べるタイトルは大体こっちを使っていた。
お布団の中でゴロゴロしながら遊ぶゲームは、楽しさ二割増しなのだ。
――バキーン!
「――ぐわあああーっ!?」
……花音がそんな暮らしを楽しんだ結果、隣では二海がえらいことになってしまっているが。
「……集中して、ゲームできるかな?」
しかし、ここで二海の身を案じるのではなく、自分がゲームに没頭できるかを心配する花音だ。筋金入りのクズである。
畳の上にペタンと女の子座りし、眼鏡をカチャリとかけ直す。
そして、手にしたSw◯tch2を操作し、インストールされている中からタイトルの選択。
ずばりそのタイトルは……『タドルトラベラー0』!
プレイ時間は、現時点で69時間ほど。
レビューサイトで「100時間遊べるRPG」と書かれていたのは伊達ではなく、主だったキャラはもう50代後半のレベルへ達しているというのに、まだまだ続きそうである。
「えへへ……。
今日は、おばさんとの決着をつける……」
選択するは、別の大陸から攻めてきた女帝を迎え撃つクエスト。
表示されている推奨レベルは42。花音は隅々までガッツリと探索し、サブクエもその時にできるものを全消化してから進める派なので、大幅にレベルで上回っていた。
「アタッカー全員にダメージ限界突破のアビリティセットした。
おばさんでダメージコンテストする……!」
特に理由のないスーパーフルボッコタイムが、ベテラン有名声優演じる敵キャラを襲う……!
--
『この物語は……俺が結末を決める!』
最近になって加入した剣豪キャラが叫ぶや否や、彼の周囲に何本もの聖剣や魔剣が召喚される。
そして、それが真の姿を現し、怪物形態となった女帝へと無慈悲に放たれた。
「えへへ……さすが、後半になるまで仲間入りしなかっただけのことは……ある」
ダメージ限界突破のアビリティや諸々のデバフと合わせた結果、10000超えのダメージが連打で叩き込まれ、女帝は特に魅せ場もなく消滅していく。
「あう……まだ主人公が殴ってない……」
これを見て、慙愧の念に堪えない花音だ。
この『タドルトラベラー0』は、主人公のキャラメイクが非常に充実している。
そのため、花音は理想の男の子として彼をデザインし、パーティーバランスもへったくれもなく、ドーピングアイテムを全投入していた。
が、持てる限りの愛を注いだその主人公は、得物である弓矢を構え、ブーストポイントも盛大に残したままで終わってしまっている。
せっかく、ようやくゲットした最強クラスの弓を装備させていたのに……! ダメージコンテストへ参加できないまま終わるなんて……!
花音はただ、女帝を殺したかっただけで、死んでほしかったわけではないのだ。
「むぅー……」
勝利したという結果事態は望むところであるし、取り返しのつかない要素――女帝のドロップ品――も、スキルを駆使して最大数手に入れている。
ゆえに、何一つ問題はない。
何一つ問題はないのだが……今一つ物足りないというか、フラストレーションの溜まる結果に終わったことは、否めなかった。
RPGを遊ぶユーザーにも色々といるが、花音は、自分がこうと決めた手順でフィニッシュブローを叩き込むことに爽快感を覚える性質なのだ。
「うぅーん……」
ゆえに、畳の上でゴロゴロしながら考える。
果たして、直前のセーブデータからやり直すべきか、否か。
ここにはもう、二海の部屋で過ごすことを躊躇していた花音の姿はなかった。
花岡花音という女は、基本、自堕落で図々しいのである。
そうでなければ、いかに意識が朦朧としていたとはいえ、見知らぬ隣人宅に凸って晩飯をタカったりはしない。
尚、この間に何度か二海がこちら側へ戻り、掃除用具を引っ張り出したりしていたが、ゲームの世界へ入り込んでいた花音はそのことにも気づいていなかった。
前向きな言い方をするならば、この極端な集中力があったからこそ、国民的アイドルグループで絶対的センターを張っていたのだと言える。
後ろ向きな言い方をするなら、このように極端な形で集中力を発揮するため、あの腐海が生み出されたのであった。
ともかく……。
「カノンたん……。
終わったぜ……何もかもな……」
二海が本格的な帰還を果たしたのは、畳の上ゴロゴロ虫と化した花音が、しょうもないことで悩んでいた時のことだったのである。
「二海……さん。
それは一体……?」
「聞かないでくれ。
……長く苦しい戦いだったとだけ、言っておくよ」
ズタズタのタキシード姿となり、玄関口で膝をついた二海が力なく笑う。
その様は、掃除を終えた後というよりも、戦地から帰還した特殊部隊の兵士といった風である。
「とにかく、確認してみてくれ」
「わ、わかりましゅた……」
二海に促され、あの恐るべき魔空間へと舞い戻った。
だが、花音の前に広がったのは、この世の混沌全てを煮詰めたようなあの汚部屋ではなかったのだ。
敷きっぱなしだった万年床は、ベランダに干されており……。
散らかったゴミなどで足の踏み場もなかった畳部屋は、綺麗に片付けられ、い草の香りが落ち着く和の雰囲気を取り戻している。
カップ麺の空き容器などで埋め尽くされていたシンクも、ゴミを取り除いた上で磨き抜かれており……。
カビや水垢の天国となっていたトイレやバスルームもまた、元来の清潔さを取り戻していた。
これを見て、花音が抱いた感想はといえば、ただ一つ。
「すごい……。
まるで、人が生活する場所みたい、でしゅ」
「ははは、今までここで生活していたカノンたんはなんだったのかな?」
若干キレ気味な二海のツッコミも、今は耳に入らない。
言葉にできないほどの感動が、花音の胸を満たしていた。
これは多分、初めて秋葉原のハコを満員にできた時へ匹敵すると思う。
「んで、ゴミ類は問答無用でまとめて、ベランダに置いてある。
各収集日に合わせて捨てよう。
化粧道具とかは、そこの段ボールね。
ローリングストック系の消耗品も、それぞれ適した場所に収めてある。
んで、洗濯物は……」
ちらり、と。
二海が、畳部屋の隅へ集められたいくつかのゴミ袋へ目を向ける。
半透明なので、中身は明らか。
花音が脱ぎ捨てたままにしていた衣類だ。
「洗濯物は、洗濯マークごとに分類して袋へ分けてある。
注意してほしいのは、それぞれ洗い方が異なるという点だ。
例えば、マークを見たところこのブラジャーは、30°くらいのぬるま湯で優しく手洗いするのが、長持ちさせる秘訣だ。
布っていうのは雑に扱えばすぐ傷むし、大事にしてやれば長く良い状態をキープできる。
外へ干すわけにはいかないだろうから、洗剤も部屋干し用のものを購入しよう。
そもそも、干すための突っ張り棒などが――」
「あう……えと……」
二海が言葉を止めたのは、花音の異変に気付いたから。
そう……先ほどから花音は、自分でもそうと分かるくらいに激しく赤面しながら、どうしたものか分からずオロオロとしていたのである。
「――難しかったかな?」
その理由を勘違いした二海が、素に戻って首を傾げた。
もちろん、右手はブラジャーを摘み上げたままだ。
誰のかなど、語るまでもない。
花音のである。
「その……あんまり、まじまじと下着を見ないでほしい……でしゅ!」
「ん……?」
二海が、摘み上げたブラジャーを見て硬直した。
そう、これは下着だ。
素肌の上に直接まとう衣類である。
だが、長く苦しい戦いを経た二海にとっては、ほとんど汚物と同類のカテゴリにまで堕ちていたのだ。
その価値観が、花音の言葉によってゆっくり……ゆっくりと、リセットされていったようで……。
「――オイヨイヨーッ!?」
何を言ってるんだかサッパリ分からない奇声が、綺麗になった花音の部屋へ響き渡ったのである。
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