写し鏡
熱で休んでました。治りました。
店内に入るとマスターらしき獣人はこっちを優しい目で見ながら
「いらっしゃいませ。宇宙の迷い人よ。宇宙喫茶店パペブルへようこそ」と言った。
私はもちろん戸惑った。何しろ人ではない獣人が、しかも日本語を使って私に話しかけてきたからだ。
しかも、その獣人によればここは喫茶店ときた。信じられるわけがない。これは夢だ。そうに違いない。
「あなたはこのいま起きている出来事を夢だと思っておられますね。ひとまず疑いをすべて捨て、こちらにどうぞ」とその獣人はモフっとした手でカウンターの席を案内してくれた。
ここまで不可解なことが起きているんだ。考えても無駄だと確信した。
そのため私はその獣人の言うことを信じた。そして古臭い木造の床に足を踏み入れたその瞬間だった。
一瞬で私の身に着けていた宇宙服は、弾けるように消えた。
私は死んでしまう!と背筋が凍り付く。しかし何も起こらなかった。
息もできるし気温も適温。なんなら宇宙服がないおかげで動きやすくもなった。
「大丈夫ですよ。ここはどんな生物でも生存しやすい環境なのですから。さあ、コーヒーが冷めてしまいます。」そう言い、私のいない席にコーヒーを置く。そして早く座れ。と言わんばかりに笑顔でこちらを見てくる。
慌てて席にゆっくりと腰掛ける。革でつくられた椅子はとても私の体にフィットした。
目の前のコーヒーを前にして、その芳醇な香ばしい香りを前に疑いなどすべて晴れた。
私はゆっくりと店内を見回したあと。そのコーヒーを口に運ぶ。
自分の好きな味だった。どこか懐かしくて、コーヒー好きの父が淹れてくれた、あの味。
私の父は宇宙飛行士だった。そして私は程なくして父を亡くした。事故だった。
私たちが乗っていた、たかとびは、1号があり。1号は大気圏が入る前に爆発し失敗に終わった。
その時に乗っていた飛行士の一人が私の父だ。
当時私は15歳だっただろうか。思春期で父に攻撃的だったときに起こった事故だ。
あの時素直に別れを言えていたら。あの時もっと話していたら。そんな悔いがずっと残っていた。
その悔いは、どんどんと繊維のように集まっていき。
そして私は決めた。宇宙飛行士になり、父の想いを紡ぐと。
でもその願いも、今回の事故で、ほどけるように朽ち果てた。
そんなこと思い出しながらコーヒーに歪んで映る、悲しそうな私を見る。
ほかのみんなは生きているのだろうか。それとも私だけが生きているのだろうか。あるいは、死んでいるのかもしれない。そんな疑問がまた心の中からにじみ出る。
「疑問や悩みは人の原動力になるときがあります。でも大きくなりすぎると受け止めきれなくなってしまいます。ケーキでも同じです。最初は甘くてもおいしくても、量をいっぱい食べようとすると甘すぎて嫌になってしまいます。だから時間を置くんです。もう少し食べたい。というところで終わらせては、また別の日に食べる。そうすることで量が多くてもケーキをおいしく食べきることができる。疑問や悩みでも、その時に全部解決しようとせず、時間をゆっくりとかけては、色んなことを感じ取りながら解決する。焦る必要はありませんよ。」
そういいながら、獣人は目の前にちょうどいいサイズのケーキを目の前においてくれた。
「チョコとマカダミアナッツをベースに、オーロラの層をスポンジに仕上げたケーキです。どうぞ」
白い皿に置かれたケーキ。きれいなムラのない四角いビジュアルに、夜空のような黒いソース。そして夜空に星が浮かんでいるように、上からふりかけられたナッツ。金色のフォークでケーキを開いた。中をみればオーロラのようにきれいな層で、少し翡翠色を放つしっとり系のスポンジ。
それはまさに、星空に帯びるオーロラの景色そのものだった。
その美しさに圧倒されながらも、迷いなく口へと迎える。
おいしい。ただただおいしい。舌の上で味がマーブル模様のように混ざり切っていないはずなのに、そこがいい。
「おいしいです!とても。こんな味、初めて食べました!」
私は無意識にマスターに感謝を述べていた。
「それは、作り手としてもこの上ない喜びです。そちらの星のオーロラはとても魅力的な味をしていて。本当に作っていて楽しかったですよ。」とマスターは笑みを浮かばしていた。
「オーロラの味?あー、オーロラの層のような味。ってことですか?」
「いえ、オーロラの味ですが」
その言葉を聞いた瞬間。理解が追い付かなかった。
「その中のスポンジは、地球のオーロラを特別な方法で束ねて押し込んで、スポンジにしているんです。」
訳が分からない。オーロラはそもそも粒子からなる。それを集めるなんて。到底できるようなことじゃない。
でもここまで、不可解なことが起きているんだ。きっと本当に特別なことで自分はオーロラを食べているんだな。そうだよきっと。
私はもう考えることも、疑うこともやめて。目の前にある景色をゆっくりと味わうことにした。




