第5章 国連という檻 ― 距離がくれる自由
第4章では、ロシアのウクライナ侵攻を「覚悟」という視点から読み直しました。
ルールを破ることで国家の本気が見えるという構造、そしてその“外側”に立つという選択の意味を考察しました。
第5章では、そのルールそのもの――すなわち「国際連合」という秩序装置に目を向けます。
国連は平和の象徴として語られながらも、実際には第二次世界大戦の勝者たちによって設計された「戦勝国同盟」の延長線上にあります。
拒否権という制度が示すように、ルールは平等ではなく、力の構造に従属している。
この章では、日本がその秩序の中でどのような立場を取ってきたか、そして「距離」という概念がどのように自由を生み出すかを考えます。
中立とは、何もしないことではない。むしろ、距離を保つことで見えるものがある。
ノンポリ日本の外交的知恵は、まさにこの「距離の思想」に根ざしているのです。
「国際社会」という言葉は、どこか正義の香りを漂わせる。だが実際のところ、それは第二次世界大戦の勝者たちが作り上げた「戦勝国同盟」の延長線上にすぎない。
国際連合は平和の象徴として語られる一方で、その構造自体が不平等の上に成り立っている。常任理事国にだけ与えられた拒否権――それは、ルールを作る者が同時にルールを破る権利をもつという、致命的な矛盾の象徴である。
もし国連が本当に平等で、正義と秩序を守る機関であるならば、いまごろ世界はもっと平和でなければおかしい。だが現実には、常任理事国が関わる戦争ほど止まらない。アメリカが中東で武力行使をしても、国連は機能しない。ロシアが侵攻しても、拒否権によっ
て制裁決議は潰される。結局、ルールは強者の都合で書き換えられ、弱者はそれを守らされる側に立たされる。まるで 80 年前の勝敗表が、そのままいまの世界秩序になっているかのようだ。
ロシアが国際社会に背を向けた背景には、この「押し付けられたルール」への反発がある。自らが作ったわけでもない秩序の中で、永遠に“敗者扱い”を受け入れろと言われても、そんな理屈に納得する国はないだろう。ルールが正義を保証するのではなく、力がル
ールを作る。これが戦後から今に至るまで変わらない現実である。
では、日本はこの歪んだ国際秩序の中で、どこに立つのか。日本は敗戦国として、国連憲章のもとで生まれ変わった国家である。しかし、その敗戦国の一つが、いまや世界の模範として経済を築き、民主主義を根づかせた。皮肉なことに、その成功は「距離」がくれ
た自由によって実現したのかもしれない。
冷戦期、東西いずれにも属さず、アジアの中で孤立気味に立つことで、日本は「傍観者としての視野」を得た。これは他の大国にはない強みだ。
距離とは、責任の放棄ではない。むしろ、距離を置くことで見えるものがある。ロシアに肩入れすることも、ウクライナを英雄化することもない。その中間に立ち、両者の論理を俯瞰できる――この姿勢こそが「ノンポリ日本」の真価である。
中立とは無関心ではなく、矛盾の中で均衡を保とうとする知恵である。
いま、国連という檻の中で世界が窒息しかけている。だが日本は、その外から見ている
数少ない国の一つだ。遠いということは、鈍いということではない。むしろ、距離があるからこそ冷静になれる。怒りも情熱もいったん脇に置き、世界の動きを俯瞰できる。
それが日本の立ち位置であり、これからも活かすべき「距離の自由」なのである
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この章では、国連という秩序装置が抱える構造的な矛盾――「拒否権」という名の不平等――に焦点を当てました。
戦後の勝者が作ったルールの中で、敗者は永遠に従属するしかないのか。
その問いに対して、日本は「距離」という形で、静かに答えを出してきたのかもしれません。
距離とは、逃避ではなく、俯瞰のための装置です。
怒りも情熱も脇に置き、世界を冷静に見つめること。
その姿勢こそが、ノンポリ日本の外交的知恵であり、制度の外側から秩序を見直すための視点でもあります。
次章では、イランとの関係を通して、日本が果たしてきた「橋をかける外交」に注目します。
対立の仲裁ではなく、共存の模索。
話ができる場をつくることこそが、ノンポリの真価であり、21世紀の日本が世界に示せる最大の価値なのです。




