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第八話 射的

 夏祭りというイベントには、どうにも馴染めない。もちろん、祭りそのものが悪いわけではない。屋台の匂いも、浴衣姿の人混みも、遠くから聞こえる盆踊りの太鼓も、風物詩としては申し分ない。問題はただ一つ――これが、地元の友人知人と連れ立って歩くことを大前提とした催しであるという事実だ。

 それがどれほど厄介か、説明しておこう。

 たとえば私のように、高校以前の交友が綺羅星のごとく全国に散っている者にとって、こうした場は居心地が悪い。大学の知己を呼び寄せるほどのイベントでもない。結果、例によって陽くんや時江ちゃんとつるむことになるのだが、それがまた曲者である。

 都合よく切り抜かれた写真だけ見せれば、いかにも「青春カップルの思い出」などと誤解されかねない。だが実際には、居酒屋を一歩出れば時江ちゃんとはほとんど口を利かない。いや、それは言いすぎだとしても、せいぜい「地元の顔見知り」レベルの距離感だ。一部の例外――そう、一生に一度あるかないかの、例えば廃屋で火の玉が飛ぶような例外――は別として。断じて恋などではない。断じて。

 そんな具合に、言い訳じみた内心を抱えつつ、私は陽くんと連れ立って祭りの通りを歩いていた。暑い。浴衣姿の女子たちに囲まれて、私たちのTシャツ姿が妙に浮いている。陽くんが手にしていたラムネの瓶も、半分以上はもうぬるい。


「なあ、あれやろうぜ。射的」


 陽くんが指差したのは、縁日定番のあの屋台だった。私は一瞬、乗り気になれずにいたが、景品の棚に見覚えのあるキャラクターのぬいぐるみがあったのを見て頷いた。

 射的屋を仕切っていたのは、島本一美だった。

 きれいに結い上げた髪、さらりとした浴衣、艶やかな所作。どこぞの有閑マダムといった趣きで、どういう因果か地元の夏祭りで射的の屋台を担当しているらしい。陽くんは彼女に面識がなく、やや緊張した面持ちでライフルを受け取っていた。


「お一人五発までね。補充なし。下の台座を狙って。壊しちゃったら無効になるから、そこだけ注意してね」


 島本の声は艶やかで、どこか抑揚に余裕があった。私たちはそれぞれライフルを構え、狙いを定める。

 ――当たらない。

 最上段の、一番大きなパッケージ。どう見てもメインの景品なのだが、やはりそれだけあって倒れない。陽くんも私も弾をすべて使い切ってしまった。

「ダメか……」



「うーん、あと少しなんだけどなあ」


 そう呟いた瞬間、足元に何かが転がる音がした。

 しゃがみ込んでいるのは、時江ちゃんだった。


「なにしてるんだ」


「拾っとるだけや。ほら、弾。余っとるやつ」


「注意書き見ろ。『弾の拾得・再利用は禁止』ってある」


「うるさい。島本の姉ちゃん見とらんって」


「知っているのか、島本を――」

 彼女は落ちていた弾を二、三個、私たちの弾皿にぽんぽんと放り込んでいく。島本の目を盗んで、まるでスパイのように素早い動きだった。

 景品台の横で、島本一美が微笑を浮かべながら、こちらの様子をちらと伺っているような気がして、私は冷や汗をかいた。

 ともかく補充された弾で再挑戦した私たちは、見事最上段の景品を撃ち落とすことに成功した。島本は小さくため息をついたように見えたが、すぐに表情を整えて、景品を差し出した。


「おめでとう。やるわね」


 包みを受け取った私と陽くんは、屋台裏に移動して早速中身を確認した。


「あーあ。せめてエアガンだったらちょっとは遊べたのにねえ」


 色とりどりのラムネ菓子、そして、カラフルなプラスチックのままごとセット。幼児向けの景品としか思えない。

 陽くんは無言でラムネを口に入れ、私はただ箱を見つめたまま、蚊取り線香の煙が漂う方向に視線を泳がせていた。黄色の浴衣に身を包んだ時江ちゃんが、満足げに微笑んでいる。少しばかり得意げなその顔を、私はちらと見やりながら、花火大会の会場へ向かう人混みに混ざって歩いていた。

 けれども、時江ちゃんはどうにも浮かない顔をしていた。さっきから何度も「打ち上げ花火、ほんまにあるん?」と聞いてくる。明るい笑顔の裏に、あの廃屋での火の玉事件の影がちらついているのは明らかだった。


「べつに……怖ないけど、あれ見てからちょっとな」


 そう言って、彼女は浴衣の袖を握りしめる。私は何も言わず、視線を逸らした。

 花火大会の開始時刻が近づき、人の流れが変わっていく。みな河川敷や高台へと向かい始める。そんななか、私たちは先ほど射的で手に入れた巨大な包装の景品を持て余していた。


「……重いな、これ」


「なあ、もう誰かにやろうぜ」


 陽くんが提案した。


「居酒屋の常連にさ、子連れの人おったろ。あの人にでも渡せばええんちゃう?」


「……そうかもな」


 包みを抱えたまま、私はふと後ろを歩く時江ちゃんに尋ねた。

「そういえば、お前、島本と知り合いだったのか?」


「……え?」

 時江ちゃんはきょとんとした顔でこちらを見る。


「何よ、その言い方。普通にあの人、加藤社長と一緒にうちの店に来とったよ。何回かはあんたもおったやん」


「え……? いや、覚えがないんだが」


 時江ちゃんはしばし私を見つめ、目を細めた。


「……ほんまに覚えてないん? たぶん……まあ、いいや」


 どこか腑に落ちない顔で、それでも彼女は浴衣の裾を払って先に歩き出す。

 私は自分の記憶をたどるが、島本と加藤氏、そして私の三人が一堂に会した場面は思い出せなかった。もしかすると、ただの顔見知り程度だったのか、それとも、あの頃の私は別のことに気を取られていたのかもしれない。

 ともかく、今は花火だ。よもやあのスケベな火の玉たちが花火に紛れこむ心配もあるまい。


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