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第六話 まさかのラブコメ!? ラッシュガード投擲

 曇天の下、どこからともなく飛行機の音が聞こえる。

 屋外の公園プールに、いまだ人影はなかった。塩素ポンプのうねりだけが、施設がまだ生きていることの証のように鳴り響いている。ざらついたコンクリートのプールサイドには、水滴の残る足跡がいくつも残っていたが、それらが今朝のものか昨日のものか、私には見当もつかない。

 私は監視員として、例の高い椅子に座っていた。背後から時折吹く風は蒸し暑さを引き連れてはいたが、それでも雲の隙間から太陽が覗いたときには、肌の上に火が点いたかのように痛くなった。日除けの幕は、まるでやる気がない。脚が焼けるたび、私は鞄のなかのタオルをまさぐり、冷えていない水筒の水を一口含むのだった。

「おーい、見てる?うち今からすっごいのやるから!」

 声とともに、時江ちゃんが水面を割って姿を現した。

 ラッシュガードの裾を一気にたくし上げ、水を飛ばしながら頭の上で脱ぎ捨てようとしている。水滴を弾く肩と、やけに涼しげな顔つきに、私は思わず監視員席から前のめりになった。彼女の泳ぎには妙な品がある。型は崩れているくせに、泳ぎ終わるたびに周囲の空気が整うのだ。

「ほんとは禁止されてるけどね、こーいう脱ぎ方!」

 時江ちゃんはラッシュガードを丸め、濡れたままの肩からぐいと引き抜いて、私のほうへ向けて投げてよこした。

「ほら、拾って洗っといて!」

 命令口調ではあるが、実に楽しそうだ。ラッシュガードはしっとりと私の頭に当たり、そのまま滑り落ちた。取り落としたのはわざとではない。ぬめりのせいだ、たぶん。

「……泳ぎ終わったら、シャワー出すの面倒くさいからそこのホースな」

「はいはい、でも監視員が言うセリフかなあ、それ」

 どこか得意げな口調で笑うと、時江ちゃんはプールの縁にもたれ掛かった。水着の上からでも引き締まった輪郭がわかる胸が、高所からよく見える。目元にかかった髪の隙間から、彼女の視線が私を覗いているように見えた。私は咳払いひとつでそれを誤魔化した。

 きっと今日は、日が暮れるまでにもう一度、太陽が顔を出す。

 そんな気がする。

 私は椅子から降り、シャワー代わりのホースの蛇口をひねった。少しの間、空気を含んだ泡混じりの水がぶしゅぶしゅと吹き出し、やがて芯の通った直線になって落ち着いた。

「いくぞ」

「え、ちょ、まっ……」

 返事を聞き終わる前に、私はホースの先をぐいと持ち上げ、ストレートのまま時江ちゃんの胴へ向けて放水した。

 ぴしゃりと音がした。最初は腹に命中していたのだが、彼女が驚いて身を引くと、狙いがやや下に逸れた。そのまま股のあたりで水が跳ねた。水着の布が一瞬吸いつき、私はあわてて水流を逸らす。

「なっ……!なに当てとんねんアホ!」

「いや、いや、いや!今のは事故、完全に偶然」

 否定しながらも、咄嗟に顔を背けたのがまずかった。むしろ肯定しているように見えたかもしれない。実際、心のどこかで、少しくらい悪ふざけが過ぎても笑って許してくれるだろうという、浅ましい予感があった。

「事故にしてはえらいピンポイントやったなあ、ええ?」

 水を跳ね散らしながら、時江ちゃんが立ち上がる。彼女の視線が鋭い。私は思わずホースを背後に隠し、口笛でも吹こうとした。出たのは笛の音のではなく、コヒューという出来損ないであった。

 次の瞬間、私はラッシュガードのぬめった布で顔面をぐいと押さえつけられ、反撃のしぶきを全身に浴びる羽目となった。

「ふふん、これにて五分!」

 勝ち誇ったように指を立てる彼女の姿は、どこか誇らしげだった。

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