第二十一話 解剖学的光景
私は再びあの渓谷に戻って来た。そして同伴者のご老体はやけにハッスルしている。付け加えると、修行者の山籠もりとは思えぬ、釣り人と言ったほうが正確な恰好で登場した。
曰く、渓谷をさらに遡上すると、岩窟のようなトンネルがあってそこに御本尊が隠されているとのこと。
道すがら、私はご老体にこれまでのいきさつを簡単に話した。仮にも仙人志望ならば、あるいはアドバイスをくれるものではないかと期待した。
「蒲生漂子ねえ……蒲生は鷺毛に通じ、それが漂うと来たか。縁起は良くないな」
「それで、どうにかできないんですか? 仙人の神通力で」
「どうにかって言われても、あんちゃんがどうなりかによるかな」
なんかいい感じにことが収まるのが私の希望だ。とくに芽久佐には、前世云々とは切り離した人生を歩んだほうが幸せなのではないかと、思われてならない。
百年の恋が成就したところで、幸福が訪れるとは限らない。目当ての料理を食しても、それが美味とは限らないのと同じだ。
手段と目的がとっ散らかってる自分を棚に上げているようで申し訳ないが、実際そう思うのである。
「さ、着いたぞ」
ご老体の言っていた通りのトンネルが大きな口を開けて私を待ち構えていた。
以前に発掘した数多のトンネルと比べても不気味さはずば抜けているように思えるのは気のせいだろうか?
空気の流れを気にしながら奥へ奥へと進むと、煉瓦の感触がより鮮明になった。
果たして、祭壇に祀られたマリア観音がそこにはあった。そう、かつて私が貸倉庫に隠匿した骨董品のうちの一つだ。あの後に様々な販路を経てご老体の手に渡ったのだろう。
これで私の仕事も終わりだ。御本尊の在り処を知ったバトル坊主たちがどのような手段に出るかは見ものだが、ご老体も哀れなことだ。
(さて、そろそろ帰りますか)
空気の流れが悪いせいか、耳がぼやぼやする。
「あーあ、こんな時にやめてほしいな」
血の匂いが嗅覚を刺激した。幻覚であることは十分に理解しているので、これまで通り恐怖は感じない。
「念のため確認ですけど、そこにマネキンみたいなのは置いてないですよね?」
「マネキン? そういう道具はうちじゃ扱ってないな」
さようですかと、私が見つめた片隅では解剖学的光景が広がっていた。
とりあえずマリア観音に手を伸ばすと、解剖学的光景が拡張されて、私の周囲を覆い尽くした。
どうやら今回はかなり強烈なのを食らったらしい。せめてご老体に迷惑をかけていなければいいのだが……。これも御本尊の威力ならば先方もある程度は想像していた可能性だってある。私は深くは考えることをやめて、周囲の様子を探ることにした。
これまでの時代劇風味の幻覚とは打って変わって、近代的施設の色合いが濃い研究所みたいな場所だ。
足音が聞こえる。人数は二人。私は咄嗟に傍にあった浴槽の影に身を潜めようとしたが、
「なんかえらいことになったな。まあ隠れなくても大丈夫だと思うよ。あんちゃんも大変だな、毎回こんなのに巻き込まれてんのか?」
ご老体がすっと身を乗り出して大声で尋ねてきた。
「ええ、まあ、普段はもうちょっと軽い感じでこんないかにもホラーっぽい感じじゃないですけど」
ご老体曰く、この景色はただの記憶なので見つかる心配もないらしい。
重々しくドアが開く音と共に、誰かが電気をつけた。
「うげえ! グロは嫌だなあ」
巨大なガラス張りの浴槽には何やらよくわからない溶液漬けにされた人間が浮遊していた。
仙人志望の知恵でどうにかならないかご老体に尋ねてみたものの、芳しい返事は得られなかった。
怖いもの見たさに浴槽内の人間の顔を拝もうと正面に回った。これは決して体つきが若い女性のものだったからではない。少しでも情報を得ようとしただけだ。断じて恋ではない時江ちゃんとの関係と同じである。
(どうかグロではありませんように……!)
——幸いにしてそれは美しかった。
——災いとしてそれは恐ろしかった。
私は混乱した。
浮かんでいたのが島本一美だったからだ。
理由は判然としないが、それは足音の主たちが教えてくれるだろう。
ようやく二十一話まで到達しました。数字としてはまったく大したことありませんが、どうにか完結まで持ち込む目処が立ったのでそこまでは達成したいです。




