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第十九話 駐車場争論

 痣だらけの面相を見た時江ちゃんの驚きようったらなかった。よもや私が死闘を演じていたとは知らない彼女の視点からすればさもありなん。


「んー? 休んだほうがいいんじゃないの?」


 訝しげに何度も同じことを言われた。不思議と経緯は尋ねられなかった。

 どうせろくでもないことだから、もう聞かないと彼女の態度に表れているように私には感じられる。


 正午前の仕込みの最中にも関わらず、私には仕事が課せられていた。お隣の喫茶店を相手取った争論という、まるで私には不向きなお仕事。


その詳細は次のとおり。


 最近になって営業を始めたお隣の喫茶店には駐車場が設けられている。どうもこの駐車場を我が居酒屋の客が勝手に利用しているので迷惑しているらしいのだ。これをどうにかしてくれと先方は要求しているが、原口店長は取り合わない。鬱陶しがった原口氏は私に対応を命じたのだった。


 私が交渉に向いてないようがいまいが、原口氏のなかでは結論が出ているので、忠実に実行に移せとの厳命が下った。


 重々しい扉の開閉と同時に鈴の音が響く。喫茶店にはあまり縁のない生活を送って来た私には、この風情が理解できない。扉は軽くして然るべきであり、半自動でも良いから楽をさせてくれと思った。


 腕が重い。


 ウエイトレスに私の用件を伝えると、早速向こうの担当者たちが出現したと同時に、仰天した。私のただならぬ風貌からして、誤った第一印象を抱いたのであろう。

 この喫茶店はあちこちに展開しているチェーン店なだけに、企業から出張って来た社員らしき人もいた。


 雇われ店長と本部の社員という陣容に対する私は、しがないアルバイトに過ぎない。


 ただし、最初から決裂を見込んでいるのだから楽なものだ。カルト教団を相手に舌戦と真剣試合を繰り広げたことを思えば、大したことはない。


「こういったケースの場合には、対策が法律で義務となっている訳ですから……」


 そう言って社員が差し出したタブレットには、様々な看板の写真が載せられており、『ここは○○屋の駐車場ではありません』といった具合だ。これと同様の物を設置して欲しいようだ。


「うちの店も駐車場の看板ならもうとっくの昔に置いてありますが」


「ですから、文面を書き換えて頂いてですね」


「費用はどうなるんですか? 看板も無料って訳じゃないのに、ちょっと一方的じゃないですか? 今ある看板で十分努力義務は果たしてるっていうのがこっちの言い分ってことになりますね、一応」


 こんな感じで原口氏の受け売りそのままの言葉の応酬を繰り返していると、業を煮やした雇われ店長の福田氏が口を挟んできた。


「それは理屈でしょう。現状、言い方は悪いけどこっちに被害が出てる。これをどうにかしてもらないと困るわけ」


 私はこの発言にカチンときた。まるでこっちが加害者ではないか。駐車場を無断使用した個人の罪までなすりつけられてはたまったものではない。第一、周囲にはパチンコ店もあれば、コンビニだってある。こんな談判に及んだのは、この新参者たる喫茶店が初めてだ。オマケに他にそういった話を持って行った形跡もないところも納得がいかない。だがこれを口に出すと、周囲に飛び火して言質を取られかねない。


「コーンを並べるとか、ロープを張るとか、管理の対策をなさっていて、それでもなお突破するバカがいるなら、仰っていることの意味も通るんですけど、そういうこともなさっていないのに、悪者扱いはやっぱり一方的ですよ。これじゃあ、原口店長の説得なんて僕も無理ですよ」


 予定どおりに談判決裂させて、気分は爽快、申し分ない。これで今日も働くことができる。

 腕が重い。


 帰り際に扉の開閉にすら手こずる始末で、ウエイトレスにわざわざ助けてもらって大恥をかいた。


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