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第十八話 態度がデカくて可愛くない

 勝負なんざつく訳がねえ。

 こっちは広い本堂の床を鳴らして逃げ回るだけ。

 少し気に食わねえのはバトル坊主もたぶん女だってことだ。

 尼寺に男がいたらおかしいだろ? だからこいつもきっと女だ。声音はオッサンだがね。俺にはよくわかる。きっと声がくぐもったおばちゃんが暴れ回っているんだろう。

 あー……。つまらねえ。ぶちのめすなら、若い男がいい。芽久佐みたいなガキのあどけなさの残ったガキを虐めてやりてえ。そういえば芽久佐はどこだ? なんでこんな場所でバトル坊主――バトルってなんだよ。異国の言葉か?

 気が散るといけねえや。逃げ回りながら隙を見て審判の昏蒙尼に近づこうとしているが、バトル坊主もそれを察して動いてやがる。

 本堂の扉が勢いよく開き、バトル坊主の注意が逸れた。私は一撃浴びせることを優先した。

 流石にバトルを生き甲斐にしているような口ぶりをしていただけあって、異様にしぶとい。少しでも打ち込みが浅いとまるで効き目がなかった。すかさず追撃をかけるが、どうも様子がおかしい。まるで集中力を欠いている。今度は先ほどより、重いの食らわせた。

 私は審判の昏蒙尼を見やった。

 まるでこちらを見ていない。ただ、扉のほうを凝視している。


「おいおい、審判気取りなら今の判定ぐらいしてくれよ! 完全に一本取っただろ」


「……」


「ちっ!」


 やはりカルト教団というのは、どこか頭がいかれてやがる。舌打ちを隠さず私は振り返った。

 私の視界に映ったのは番傘である。

 真っ赤な表面になぜか青い舌が描かれている。

 ドタバタと床を鳴らす複数の足音が殺到して、虚無僧の集団が別の扉から踏み込んで来た。


「狼藉者め!」


「昏蒙尼様はご無事でしたか……昧睡殿も」


 部下たちの心配をよそに、二人の視線は釘付けだ。

 芽久佐がいるのはまあ、何となくわかる。武闘派だし。私の危難を察知したら駆けつける性質を持っている。


 問題は島本一美だ。こればかりは私の理解の範疇を超えているように思われる。


「なんで傘を持ってるんですか?」


「雨が降るからよ」


 私の問い掛けへの返答と同時に、太刀が一本渡された。

 顎で私を使おうというのか、視線を投げかけた先にいる連中をなます切りにしてやれと言わんばかりだ。


「ハハハハハ! なあ芽久佐、お前はやんないのか? てかこれ太刀かよ。打刀じゃないと調子出ないんだがなあ」


 日本刀にもいくつかの分類がある。詳しい解説は省くが、太刀は広い場所で使うメインウエポンタイプで、打刀は狭い場所で使うサブウエポンタイプだと理解してもらえばよい。

 私はそのことで芽久佐に一言挨拶するついでにこぼした訳だが、


「態度がデカくて可愛くない」


 芽久佐はまるで玩具が気に入らなかった子どもみたいに膨れている。


「まあそう言うなや。ここは一つ超絶技巧で片づけてやらあ」


 どうも私のテンションは先ほどからおかしい。自然と口をつく言葉の数々は余計に私を何かに向かって駆り立てるだけの、形式的な呪文の類いだと推察される。

 鯉口を切る。ただこれだけで、何もかも元通りになる気がした。


「ん?」


 やけに固い。刀身が引っかかっている。


「何の真似だよこれ!」


 叫び声と同時にバトル坊主が飛び込んできた。もはや間に合わない。私は鞘入り状態で振り下ろされた錫杖を受け止めた。


 鍔に雁字搦めに絡まった無数の糸が見える。意味不明な小細工に私の気が動転したのは言うまでもない。とにかく逃げようと出口に向かってじわじわと後退している私の視界の端では、尋常とは言い難い光景が繰り広げられていた。


 島本が傘を優雅に振り回しているのだ。皆恐れをなして逃げていく。逃げ遅れた者は餌食となった。傘の絵の舌に舐め取られたら、はい、おしまい。同じ土俵に立っていい人間じゃない。


「剝製の分際で……! 何の因縁があってこんな真似をするのです。御本尊を取り戻しさえすれば、これ以上の危害は加えないのです」


「そろそろあなたたちも真人間になったほうが、身のため、世のためね」


 昏蒙尼の恨み節を一蹴した島本のひと言が、また余計だった。


「諦めて人間になりましょう。とくに志があるわけでもなし、宇宙人や妖怪なんてもうたくさん」


 意外と声が大きく、聞き取りやすくて助かる。内容にはあえて触れない。私にとってオカルトはひどく身近な存在と化してしまったが、ちょっと霊感がある人の日常くらいの風味が私の理想であって、決して今現在の死闘を望んではいないのである。

 この一連のバトルは、鞘が割れて刀身が剝き出しになるまで続いた。

 太刀を振るったにしては不自然なほど血は流れていない。代わりに私は痣だらけだが。


 バトル坊主の相手で会話を聞くどころではなく、昏蒙尼と島本の会話も断片的にしかわからなかったのが残念だ。ともかく、何かしらの協定が結ばれ私が解放される機運が高まった事実は認められるべき功績であろう。


 そう、機運が高まったに過ぎない。


まるで宴のあとの片づけ作業のような雰囲気に呆気取られてしまい、開いた口が塞がらないのを強引に芽久佐が塞いだ。消毒がやりにくいという理由で。


「不良のケンカみたいなことやったの生まれて初めてだったなあ。こんな痛いことを好き好んでやる連中の気が知れないや。護身術や格闘技ってああいう場面で役に立つんだな」


 私の発言に対して、芽久佐の表情はある種の驚きを持っていた。


「キミ、頭をぶたれておかしくなったのかい?」


「さあ……? どうだろう、目先のことしか見てないからよくわからん」

「ちょっと可愛さを取り戻したね」


 先ほどから彼女の繰り返す、可愛いという概念はあまりに謎である。いずれ問い質す日が来るのだろうか。


 そんなことを考えていると、昏蒙尼がフラフラな様子でこちらに近づいてきた。


「色々と失礼したのです……。我々としては御本尊さえ取り戻せれば、揉め事を大きくするつもりはないのです。ご協力いただければ、前金と成功報酬を支払うのです」


 前金だけ貰って、あとのことは放置でいいのではないかと思った。これ以上カルト教団とは関わりたくない。


「写真とか、手掛かりはないんですかね?」


 形だけの承諾では疑われてしまう。他にも色々とそれらしい質問をした結果、オカルト的な解答が飛び出したが、それらはすべて忘却することにした。


 異星人としての特性を維持するために必要なキーアイテムだとか言われても、私の脳みそでは処理できるはずもないのだ。


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