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第一話 骨董義賊の誕生

pixivではちょくちょくランキング入りしてる作品なので、多少なりとも楽しんでいただけると幸いです。

 どうも近頃の墓地はアートの展示場となっているらしい。彩りと形状に恵まれた個性豊かな作品が軒を連ね、たまに散策すると意外と面白い。

 名前よりも大きな標語を刻み、いったい『感謝』『希望』『絆』を弔っているのか、それとも田中さんが地下に眠っているのかわからない。子孫が交通事故に遭う可能性を毛頭考えなかったのであろう祖先が墓石の上に自動車や飛行機を載せた家まである。

我が祖父もまた石造りの芸術家たらんとする一人であった。


「俺の墓はうんと派手にするつもりじゃけえ」


 まだ場所を確保したばかりで、荒涼としていた墓の予定地を見学した際に祖父は私にこう言った。その頃の私は、壮心を未だに宿した祖父の目の輝きとは対照的に、


 (氏名にこだわらずに親戚の墓に入れてもらえば安上がりなのに)


 と、どんよりとした目で、祇園精舎の鐘をけたたましく鳴らして諸行無常を響かせる一介の若武者であった。

 あまりに薄情な孫ではないかと誤解されては困る。実際に家が絶えた親戚があって、それも祖父にとっては恩人の家なのだ。経済的に考えれば、私の考えも決して不自然ではないはずだと固く信じたい。

 それはさておき、肝心の墓の出来栄えといえば、すこぶる凡庸であった。飾り気もなければ格言もない。


 (ああ、諸行無常)


 あの時の祖父の発言は単なる冗談だったのかもしれず、あるいは諸事情によってこのような形になったのかもしれない。

 ここまでの述回のなかで私はひとつ見栄を張ってしまった。私は若武者なんてキラキラした者ではなくて、ボロボロの落武者に過ぎなかった。

 男児であるならば誰しも一度は事を起こしてみたいと思うものだ。私だって例外ではない。しかし私の場合は無理を承知でやむにやまれぬ思いで兵を挙げ、挙げ句の果てに二の句が継げぬような失態を晒し、老兵でもないから去ることもできない。万事がこれである。

 ここに美談がある。あらかじめ美談とはなんぞやという定義のうえの話をあえてするつもりはない。

 私の祖母の実家はそれなりに裕福であった。しかし幸か不幸か後継者がいなくなり、その一切が祖母の手に渡ることになった。ちょうどマイホームを探していた私の一家がそこに移り住むことになったのもある意味当然の帰結といえよう。そこは大農家と呼ぶにふさわしいほどの広さがあったが、大半は使い道のない和室であり、専ら実用されていたのはリフォームによって釜戸から一足飛びにオール電化へと進化を遂げた台所とリビング、そして広大な一階に比べると著しく貧弱な二階の各個室であった。

 使い道のない和室と蔵には、謎めいた骨董品の数々が我が物顔で鎮座していた。私はこれらの品々を愛していた。寝転んで蒔絵細工の筆箱やら、なんとか焼きの茶碗を眺めるのがいつしか私の趣味となっていたのだ。明治時代に打たれたという日本刀も、鯉口を切って、わずかに刀身を現すだけでその場の空気が引き締まって面白かった。

 こんな調子で寝転んでいた私を憤激させる事態が起こった。


「危ない物もあるし、相続のこともあるから全部売り払おう」


 両親の突然の通告に私が猛反発したのは言うまでもない。

 たかが数年分の利益のために百年の歴史を手放す気が知れなかった。どうも聞くところによると、怪しげなマニアと骨董屋に言い寄られた父が二つ返事で承諾してしまったのだという。

 食べてすぐ寝ると牛になるとよく注意された。だから私は共喰いになるのが嫌で牛肉をあまり食べようとはしない。だが、その日の食卓はショックのあまり漫然とおかわりを繰り返し、気分が悪くなった。猛牛になった気分である。

 勢い、良からぬ妄想が真実味を帯びていく。


 (失敗してもかまわん。こちらの決意を示してやるのだ)


 それからというもの、私は夜半になると密かに骨董品を持ち出しては、貸倉庫に放り込む義賊となった。

「だいぶ狭い」


 私が引き入れた同志である清浦陽が秘密基地を見るなり水を差してきた。ちなみに彼は私の遠縁にあたる人物であり、ふだんは「陽くん」呼びで会話している。


「とても入りきらないねえ、あっちのもっと大きな倉庫は借りられないの」


「金が足りん。だからわざわざ証拠を見せに連れ来たんじゃないか」


「お金のやり取りはねえ、後で話が拗れたら困るから、やらないようにしてるんだ」


 陽くんの言い草に、


 (だったら始めから断れよ)


 と、ともかく実態を確かめてから決めるという、極めて良識的な彼の理屈を私は僻んだ。


「なら、金を借りようなんてことは言わん。金をくれ」


 当初の瑞々しい志はすっかり黒ずんでしまった。たかだか便所ほどの空間のために私は泣く泣く骨董品の一部を売り、本末転倒を演じていたのである。

 もはや恥も外聞もあったものではない。

 陽くんは渋々首を縦に振る代わりにひとつ条件を出した。


「うーん……。そうだねえ」


 (もったいぶるな、焦らすな、目を閉じるな)


「連帯保証人が確保できるのなら、考えるよ。どうだい、原口さんあたりなんかうってつけじゃないか、リスクは分散しておくに限るしねえ」


 私は昔から陽くんの間延びした語尾にイライラしていたわけだが、幼少の頃、彼にヒップドロップを叩き込んで以来の、いわば最高潮の怒りと憎しみの感情が私の身を貫いた。

 原口時江という女性はゆで卵みたいな人である。表面はつるつるだが、中身が固ゆでなのかそれとも半熟なのかは私にさえ判然とせぬ。

 私にとっての時江ちゃんは人間としての主権線を守るための利益線であり生命線であり蜘蛛の糸であった。この感情を軽薄な連中は恋と呼ぶかもしれないが断じてそれはない。もっと打算的で畏怖のこもった感情である。

 時江ちゃんの居所はすでに知れているから訪問自体はそう難しい話でもない。原口家はこれまた私の親戚であり、居酒屋を営んでいる。私は夏になるとこの居酒屋にジュースやアイスクリームをよく無心していた。店の手伝いに駆り出された時江ちゃんとも必然的にそこでよく顔を合わせるというわけだ。

 私と陽くんは平然と店の勝手口から上がりこんで、いつものようにアイスクリームをただ食いしながら時江ちゃんに連帯保証人の件を切り出すと、


「え? そんなもんになれんわ、うち」


案の定というべきか、時江ちゃんはそう答えた。


「身内同士の借金なんて内輪をぐるぐる回っているだけで、よっぽど安全だと思うけどなあ。返済に困った時にはバイトでもやらせればすぐじゃないか。ついでに今までのアイスクリームとジュースの代金もチャラにするといい」


「清浦くんとうちは血繋がってないから赤の他人でしょ。身内ってそういうことじゃないから。それにうちのお父さんそういうのうるさいんよ、『保証人になんかなるな、なるくらいなら店を潰す覚悟をしろ』っていつも言ってるんだから」


 私は体を丸めて何やら考え事を始めた陽くんを尻目に、アイスクリームが溶けて零れるのも構わず居ずまいを正した。こうなったらあとは誠実さをもって情に訴えるより他ないであろう。

「頼むよ、時江ちゃん。この通りだ」

その後、時江ちゃんは根負けして保証人の書類にサインした。腹の底から大きなため息をつきながら。

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