6口目 優しい味
夕食をノルン視点で
「……はあ」
ノルンは結い上げていた髪を雑に解きドアの鍵に手をかける
ガチャリと小気味いい音を立て錠前が外れた
「………」
手をかざし結界を解く
「ただいま……」
「あっ、ノルンさん!おかえりなさい!」
ドアを開けると柔らかい明かりに包まれ目を瞬いた。普段は使わない位置の照明が付けられていたからだ
少女はわざわざ台所からぱたぱたと駆け寄ってきた
同時にふわりと美味しそうな香りが漂ってきた
「ただいま戻りました。変わりありませんでしたか?」
「はい!地下室で食材の把握をしてました、晩ごはんの用意できてますがもう食べますか?」
「……そうですね、少し早めですが食事にしましょう。僕は着替えてきます」
少女はぱたぱたと台所へ戻っていった
……随分と地下室が楽しかったみたいだな、1人にさせるのは良くないと思っていたけれどこの子は大丈夫なんだな
ノルンは自室に入り来ていた服をまとめて籠に投げ入れる
鏡に映った自分の顔を見て辟易した
「……ハァ、酷い顔だな、上手く作れていたかな……」
自室を出るとテーブルには料理が置かれていた。
またも見たことが無い料理にノルンの心は高鳴った
「とても良い匂いですね、なんていう料理ですか?」
「これはキッシュ、こっちはホロ芋とパボ肉のトマト煮込みです」
トマトの煮込み料理は以前食べたことがあるけれど、キッシュ……初めて見る料理だ……
「いただきます」
……!今朝の卵焼きのような見た目をしていると思ったが、全く違う味だ
魔牛チーズか?ここまでまろやかで濃厚な味を出せるのか……外側の生地も硬めの食感がすごく良い。こんな料理は初めてだ
「お、お味はどうですか…?」
しまった、美味しさの衝撃で威圧感のある顔になっていただろうか
「とても、美味しいです。君が作る料理はどれも新しいものなのに、どこか懐かしさを感じる味がしますね」
「…………」
そう言うと少女は俯いてしまった
……何か気に障ること言ってしまった!?も、もしかして感想が気持ち悪かった!?
「あ、いや、その、君を傷つける気は………」
「良かったぁ〜!」
「……ん?」
「私、キッシュ好きなんです。だいたいのものは作るのも食べるのも好きですけど……キッシュは特に好きで……美味しく食べてもらえて良かったです」
少女は「えへへ」と言いながら自分の分を食べ始める
「………………」
「地下室の食材、結構区別がつくようになったので明日からはさらに美味しいものつくります!」
「…………そう、楽しみにしておくよ……」
落ち着け、落ち着け、脈を抑えろ
ノルンは少女に気づかれないように深呼吸をした
……人に、あんな笑顔を向けられたの……いつぶりだろう………うう、顔が赤くなってないと良いけど
ノルンはトマト煮を手に取り食べた
「ノルンさん、少し顔赤いですけど大丈夫ですか?」
「ゲホッ!」
「うわあ!だ、大丈夫ですか!?お水…」
「だ、大丈夫、大丈夫ですから……料理があまりにも美味しかったので夢中でかきこんでしまいました」
「そ、そうですか…?」
あ、危ない……更にボロが出るところだった……
「ごちそうさまでした」
ノルンが席を立とうとすると少女はバッと手を挙げた
「あの!もうひとつとっておきがあります」
「とっておき…?」
……もしかして、デザート!?
「ノルンさん、この間甘いもの好きって言ってたのでデザートも作ってみたんです」
少女が持ってきたのはキッシュに似たものだった。タルト部分は同じだが乗っているのは赤い……果実?
「キッシュと似ていますね」
「はい、でも味は全然違いますよ」
ノルンが食べると少女は目を輝かせて見てきた
「……!美味しい…クヴァーツの実を煮込んだものですか?」
「はい、お口にあって良かったです!」
……いやこれ、本当に美味しい
料理は地域差があるから新鮮だったけど、このレベルの菓子なんて王宮でも出ないんじゃないか…?
「君はどこでこういった料理を習ったのですか?」
「母に教えてもらいました」
……出身を気軽に聞くのもなあ……
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ノルンは自室に入ると鏡に映る自分を見た
「……あ、そうか」
あの子、誰かに似ていると思っていたけど……
僕に似ていたんだ。どうしてだろう?
一体あの子は何者なんだろう
「……あの子はこれからどうしたいのかな」
子供をずっと住まわせてるなんて外に知れたら面倒くさそうだけど……拾ってしまったのは僕だし、なんとかするしかないよね……
それにしてもあのデザートは美味しかったな
果実が寒天のように固まっていて、少し買えたら携帯できそうな……
「あっ!」
そうだ!あの子には仕事の手伝いをしてもらえばいいんだ
明日聞いてみよう、魔力適性も良さそうだし…
これであいつらを見返せるかも
明日はどんな料理が出てくるんだろう。楽しみだなあ