3口目 エルフの美人さん
目が覚めると、知らない天井だった。
……いや、まさか本当にこんなセリフを言うことが起きるなんて……
今までのは全部夢だった?
な〜んだ!やっぱり私は変な夢を見ていただけだっ……
「い……っ!?」
起き上がろうとすると、脇腹と足に激痛が走った。
この痛みは、さっきの…
辺りを見回すと、まったく知らない部屋だった。
病院ではない……ログハウス?山小屋かどこかだろうか?
視界の端に人影が見えた。
「あ……起きました?気分はどうですか?」
首だけ声の方に向けると、そこにいたのは絶世の美女……いや美青年?だった。
淡い黄緑の長い髪から、長く伸びている耳が見え…………耳が長い!?
「昨晩この家の前で倒れていたので応急処置をしましたが……覚えていますか?」
整った顔立ち、海外のモデルさんみたいだ
紫水晶のような瞳に見つめられ、心臓が跳ね上がった。
「あ、えと、た、倒れていたんですね…すみません、覚えていなくて……助けて下さり、ありがとうございます」
紫水晶の瞳が少しだけ見開かれた。
「……治るまで数日かかります、この部屋のものは好きに使ってどうぞ。私は忙しいので、これで。」
「えっ…あっ………行っちゃった」
とても綺麗な人だった。バイト以外で他人と話すのが久しぶりだったのに、あんなに綺麗な人を目の前にしたら誰でも吃ってしまうだろう。
にしてもあの耳……エルフみたいな耳だったけどコスプレイヤーさんなのだろうか?髪も黄緑だったし……
ふわりと、鼻腔に甘い香りが漂ってきた
横を見ると机の上に水の入ったコップとまだ湯気が立っているスープが置かれていた
「ご飯……私のなのかな?」
ぐうぅぅ……
部屋いっぱいに私のお腹の音が響いた
「……こんなに近くに置いてあるならきっと私用だよね!いっただきまーす!」
やけに甘い香りのスープだが地方料理なのだろうか?
「あーん………むぐ……ん……?」
約1日ぶりの食事なのでゆっくり食べようと口に含んだ瞬間、感じたことのない味に脳が思考停止した。
……何これ、砂糖っぽい甘さと薬っぽい甘さの奥に漢方みたいな味があるんだけど……
……言葉を選ばずに言うとするならば、めちゃくちゃまずい
水で無理やり飲み込むことにした。
「んぐ……っぷはぁ……うっ、口に残る……」
薬膳料理なのだろうか……?助けた人にあえて不味い料理は出さないだろうし……
……すごく聞きたいけれど、私の好みに合わないだけでこういう料理なのかも……?というか聞きたくても動けないんだけど。
しかし今はこれしか食べるものが無い。
私は味わうことをやめ、感情を無にして水と一緒に胃に流し込んだ。何度も吐き出すかと思った。
「はぁ……お腹痛いし口の中は気持ち悪いし……やになっちゃうよ…」
次に目が覚めたとき、体の痛みはすっかり良くなっていた。
しばらくして先程のエルフの人が食器の回収と新しいご飯を運んできてくれた。
味付けの事を聞くと「治りが早くなるものを入れているから仕方がないです」と言われた。
それから数日経った
1日の流れは毎日同じで、朝昼晩にはエルフの美人さんに食事を運んで貰い、夜になる前に布で体を拭く。
エルフの美人さんは食事を持ってきてもすぐに部屋から出ていってしまう、会話はせずともせめて名前を聞きたいと思ったがそのタイミングすら無いので私は心の中でエルフの美人さんと呼ぶことにした。
……包帯を変えると言われ服を剥かれかけた時は本当に心臓が壊れるかと思った。
傷の確認と消毒が必要と言われ、前を隠しながら処置を受けた……
食事の味付け以外はとても快適だった。
トイレと水場、服は簡素だが毎日綺麗な状態で置かれていた。カーテン越しに窓から差す日差しは心地良いし、元々ニートのような私は1日何もしない事は好きなので食事さえ自分でやるならこのままここに住みたいくらいだ。
桶に水を張る時に映った自分が、私の…日本人の顔で無かった
不思議と驚きは無かった。
遭難して、暴行受けて、見知らぬ人に介抱されて……この森に来てからが破天荒すぎて生きていればいいや、という感覚になってしまったのかもしれない。
そして1つ、気がかりな事ができた
部屋に置かれた本棚にはハードカバーの洋書のような本がたくさん置かれていた。
歩けるくらい立ち上がれるようになった頃、暇なので適当な一冊を読んでみることにした
しかしその本は私の知らない文字で書かれた本だった。
……知らない文字なのに、何故か読むことが出来た。
私は万年英語の成績2で外国語はとても苦手だ
本の文字は英語では無さそうだったが、日本語でも無かった
視覚では知らない文字として認識しているのに、文を読むと自然と意味が理解できた
この本は植物の本らしいが見たことのない絵の植物ばかりだった。
遠くで耳鳴りがして、気がついた時には視界が真横に……地面に倒れていた
「はぁ……はぁ……痛……っ」
これは……この体の持ち主の知識……?
習っていない文字が読めるのは、とても奇妙な感覚だった
……私は、もう家には……
元の体には戻れないのだろうか
帰っても、もう、誰もいないけれど。
じわりと涙が出てきて視界がぼやけた
……お母さん……お父さん…………。
「大丈夫ですか!?」
ぼやける視界の中、黄緑色の髪が揺れているのが見えた。
「……どこか痛むところはありますか?」
エルフの美人さんは倒れていた私を支えるように抱き上げた。
「っ…頭が、痛かったんですけど……もう、大丈夫です……」
支えられているのが申し訳なくて腕に力を入れたら頭がぐらりと傾いた。
「大丈夫なはずが無いでしょう、とても顔色が悪いですよ!」
エルフの美人さんは服の裾で私の鼻を拭いた。するとその袖にはべっとりと赤い血が付いていた。
鼻血が出てた!?恥ずかしい!
エルフの美人さんはいつもより焦った顔をしている気がした。
心配してくれているのだろうか……
まぁ、拾ってきた病人が鼻血出して倒れてたらビビるよね……
と思っていたら急に鼻をギュッと摘まれた。
「少し刺激が強いですが、回復薬なので飲みきってください」
エルフの美人さんはどこからともなく小瓶を取り出し、中身を口に突っ込んできた。
「ふぇ?な……もがっ、ん!?んぐ!んんん!?!?」
あまりの味に喉が受け付けず、全身の鳥肌が立った。
体が反射的に逃げようとしたが、エルフの美人さんの脚の中にすっぽりと収まってしまい身動きが出来なかった。
「んぐぅ!むぐ……んんっ……」
「あとちょっとです、飲んで下さい。」
飲めと言われても、飲みたくてもこんなもの飲み込めない。しかし鼻を摘まれている為息をしようとすると喉に流れてくる。
「〜〜〜っぷはあ!はあっ…はあっ……ゔえっ……」
不味い、今まで食べたものの中で一番不味い……。しいていうならば、ニラとニンニクに血と海水を混ぜ何日も熟成させたような、そんな味だった。不味いなんてものじゃない、死を覚悟する味だった。
気を失わなかったことを褒めてほしいくらいだ。
「おえ……っ……これ、本当に薬なんですか…?」
エルフの美人さんは水を渡してくれながら答えた。
「……僕が調合したものでれっきとした薬です。味は……まぁ…………良薬は口に苦しと言うでしょう。」
水を飲んでも味は流れなかった。
でも……この人が作った薬?
「…………はぁ……ありがとうございます。味は独特ですけど、確かに頭のモヤが晴れたというか……少し良くなった気がします。」
私は口元を少し拭ってからエルフの美人をじっと見つめた。
「傷の手当てが上手だとは思ってましたけど……薬も作れるなんて。お医者さんだったんですね」
エルフの美人さんは少し目を見開いた。
「……君は僕の事を知らないのですか?」
「……?」
どうしよう、有名な人なのかな
こんな美人さんは一度でも見たことがあったら忘れないと思うけど……うーん、覚えがない。
「助けて貰った時が初対面…ですよね?お名前も聞けていなかったので……」
エルフの美人さんは目をぱちぱちさせ私の目をじっと見た。
「えっと……ごめんなさい、私学者さんとかそんなに詳しくなくて……」
「いえ……少し僕の自意識が過剰だったようです。気にしないで下さい。」
エルフの美人さんさんは私を抱えたままベットに座るように降ろしてくれた。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕は……ノルンと申します。君のお名前を伺っても?」
「は、はい!好本依吹です!」
顔立ちでもそう思ってたけどやはり外国の人なのかな?
「コーモト、イブキ?……この辺では聞かない発音ですが……コーモトがファーストネームですか?」
「あ、えっと、依吹が名前で好本は苗字……家の名前です」
「そうですか、ではイブキさん……ちゃんの方が良いですかね?」
ちゃん付け……?何故……あっ私の見た目が幼いから!?
何も言われないし塩対応だったからなんとも思ってなかったけど、一応女児だと認識してたんだこの人……。
「ちゃ、ちゃん付けは少し恥ずかしいというか……ノルンさんの好きに呼んでください」
そう言うと、一瞬だけ『ノルン』さんがふっと柔らかい笑みを浮かべたような気がした。
うわ……笑った顔も綺麗な人だなぁ
「落ち着いたようなので、僕はこれで。」
「あっ!待って下さい!」
いつものように踵を返すノルンさんに手を伸ばそうとしたらそのままベッドからずり落ちた。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
「あ、あは……すみません、せっかく乗せて貰ったのに…でも、言いたいことがあって」
ノルンさんは私の側に寄って片膝を立てた。
「ノルンさん、私、ここに来るまで死ぬかと思ってたんです。ノルンさんが助けてくれなかったらきっと今生きてないと思います。本当にありがとうございます。」
私は深く頭を下げた。お腹の傷がまだ痛いので土下座は出来なかったけれど。
この人がなんで助けてくれたとか、この後とんでもない請求されたりとかしても、きっとあの夜そのままだったら殺されるか野垂れ死んでいただろう。
「そんな……頭を上げて下さい。大したもてなしも出来ていないのに……。」
「ご飯もベッドも用意してもらえるなんて好待遇すぎます!……わ、私、今そんなに貯金無いですけど分割とかなら頑張ってお金もちゃんと払いますし、足りなければ体で返す気もあります!」
「え!?お金なんて取りませんよ!ただ、家の近くで倒れていたから連れてきただけですし……そ、それにか、か……体でなんて、まだ幼い女性がそういった事を口にするのは、よ、良くないと思います!」
体でというのはいわゆる皿洗いのような肉体労働的な意味だったがノルンさんは別の意味だと思ったらしい。端正な顔が真っ赤に染まっていた。
「いやでも何も返さないというのは……命の恩人ですし……」
「……元気になって貰えれば僕はそれで満足なので、この話はこれで終わりです。ぼ、僕は仕事があるので!」
ノルンさんは一瞬で私をベッドに乗せると風のごとく部屋から出ていった。長い耳が真っ赤になっていた。
「……なんか、可愛い人だな」
会話が無かったので淡々としている人だと思っていたが、心配してくれたり顔を真っ赤にしたり以外と普通の人っぽくて安心した。
……正直、勢いでああ言ったものの、実はヤバい人で本当にとんでもない見返りを要求されたらどうしようと思っていたので一安心だ。
久しぶりに人と会話をしたおかげか気が紛れて口内の気持ち悪さは収まっていた。
うとうとしているとふと気がついた。
あれ?さっきノルンさん……耳まで赤くなかった?
コスプレなのかオシャレなのか、つけ耳だと思っていたけれど、あの時顔が赤くなると同時に耳も赤くなっていた。
……本物の耳?
外国の人っぽいけれど、あんなエルフみたいな耳の人って実在するの?
エルフみたいだからエルフの美人さんと呼んでいたけれど、本当にエルフ……とか?
…………
もしかして、ここって私が知る世界じゃない…とか
事故って異世界転生(?)なんて信じられないけど……
知らない場所、知らない体、知らない知識……全部違和感が無くなる
…………
この体は、誰なんだろう
私の体……どうなったんだろう
…………私は、この体が治った後、どうすればいいんだろう?
鼻腔に残った薬の臭いに苛まれながら私は眠りについた