2口目 甘い蜜と苦い夜
私は、葉っぱを食べていた。
夜は更け、よく分からない生き物の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
私は少し開けた場所で火を起こし休んでいた。
「まあ、初日にしては上出来だよね…」
昼間 私は散策を始め、気づいた。
あれ?私って今遭難者じゃね? ……と。
森を舐めていた、歩いても歩いても開けた場所に出ない。人も川も見つからない。あるのは木々と鳥の鳴き声……
このまま何も見つけられなければ、死……!
まず目標を決めた。食べ物と水場だ。木の実や食べられそうな草がないかと探した。見つかったのは数粒の赤い木の実。食べていいかはわからない。
水場は大きめの池を見つけたが……とても飲めるような水質ではなかった。緑色に濁り、枯れ葉と一緒に生き物のような塊がたくさん浮いていた……うぷ。思い出すだけで気持ち悪くなってきた。
ただでさえ体が何故か小さくなっているのに裸足で獣道を歩くのは思っていた以上に体力が削られた。気が付くと日は傾いていた。
結局手に入れたのは赤い木の実だけ
しかもよく分からない種類のものだ。見た目はトマトに似ているが、成っていた木がゴツかったので別物だ。
こんな状況で食中毒になんてなったら死んでしまう、なので私は木の実は諦め木の実よりは安全そうな葉っぱ……ここ一帯に生えている木の葉っぱを食べていた。
味はただの葉っぱだが、空腹で水分も取ってない今の私にとっては立派な食材だ。……うん、これは食材だ。口の中が青臭いがこれもこれで悪くない…悪くないんだ……そう自分に言い聞かせていた。
一応赤い木の実も手元に置いているけれど…万が一を考えると食べる気にはなれない
摘んでいた葉っぱがなくなったので補充しようと木に近づくと、近くの木の幹がキラリと光った。
「えっ?何…?」
火の光で何かが反射した……?
光った木に近づくと、幹の隙間から黄色い液体が溢れていた。これは……
「樹液だ!」
焚き火の光がキラキラと反射してとても綺麗だ
はちみつのような見た目の樹液を見ていると、どんどんお腹が空いてきた。
……樹液って食べれるんだっけ…?
こんなに美味しそうなんだし、きっと美味しいんだ。うん、ほぼ蜂蜜みたいなものでしょ。
私はそっと樹液に触れた。少し表面が硬くなっていたが、指で力を入れるとでろりと手に出てきた。
手の平できらきら輝く樹液を前に、空腹で働かない頭が理性を制御できるはずもなく私は樹液を口に含んだ。
「んー!………美味し、い……?」
もにもにと咀嚼したが……
蜂蜜のような味を期待していたが、無味に近かった。
「んー……噛めば味が出る?気がするけど……固まっててよく分からないなぁ……」
私は樹液を葉に乗せ火で焼くことにした。
蜂蜜は熱したら栄養が減るはずだけど、樹液は熱したら増えるんだっけ?
そもそもこれが食べて良い樹液なのか分からないけど…
樹液が温まるのを待つ間、取れる分の樹液と葉っぱを収穫し火の回りに置いた。葉っぱの表面がつるつるしているので樹液とくっつかない有能な葉っぱだ。
少しすると火の中からほのかに甘い匂いが漂ってきた。
最初に置いた葉っぱを見ると、先ほどまではグミのようだった樹液がどろりとするまで溶けていた。
「うわぁ…!いただきます!」
私は葉っぱごと樹液にかぶりついた。
「んんー!美味しい!?うそ!美味しー!」
先ほどまで無味だった樹液は甘いメープルシロップのような味に変わっていた。まだ少し固いが、練飴のようで美味しい。
葉っぱも一緒にかぶりついたのが正解だった。樹液だけだと甘さがくどすぎるが、葉っぱの草感のおかげで引き締まっている気がする。
和菓子に葉っぱが巻いてあるの不思議に思ってたけど、こういう理由だったんだなぁ…。
焼いたおかげで葉っぱのパリパリシャクシャク食感になっているが、それがねっとりした樹液に合うのも良い、空腹の胃に良いかは分からないが美味しすぎて手が止まらない。
胃がびっくりしているのか体温が上がる感覚がした。
ふと横に置いてある赤い木の実が目に入り、1つの考えが浮かぶ。
……あれも食べれるんじゃない……?
こんな何の木かも分からない樹液と葉っぱを食べているし、もう今更何を食べても変わらないのでは?
それに……
「お、美味しそう……」
ぽたりとよだれが落ちた
取った時から思っていた、この木の実はめちゃめちゃ美味しそうだと。
見た目はほぼトマト、でも甘い匂いがしたしきっと食べれるのでは?
そうだ!この木の実が成っていたところ、食べかけの実が落ちていた。つまりそれは人か獣が食べた跡……つまり、食べれる!?
私は木の実のヘタを取り半分ほどを齧った。
こ、これは……!?
「い、イチゴ!?」
見た目こそ完全にトマトだが、味は苺に近かった。苺より甘みが薄く水っぽいが、その優しい甘さと水分が今は体に沁みる。
私は残りも口へ頬張り樹液の葉っぱ包みと木の実を交互に食べた。
「んん〜っ!おいしい!ねっとりパリパリした重めの甘みとみずみずしい優しい甘み……疲れた体に効くぅ〜!」
私ははっとした、これ…木の実を樹液に乗せたら究極の甘味になるのでは?
「ふふん、私ってばシェフの才能があったんだ♪さーて、これをこうして……いただきまーす!」
じゅわっ トロッ パリッ……
お、お……美味し〜〜〜い!!!
なんという……甘美なトリオ!
流石私……これからは特技は甘味作りって答えられそう!
これを中に入れたパイがあったら美味しいだろうなあ……
そうだ!木の実を焼いたら焼きイチゴみたいになるかな?
樹液をもっと熱したらサラサラになってまた味が変わるかも?
あー!どれも試したい!くそう、せめて手元に調理器具があれば……
「ごちそうさまでした」
収穫した分を全て平らげた私は草が生えてる地面に寝っ転がり冷静になっていた。
いやぁ、なんか……すごいハイに、なってたな……。
体感は1日ぶりの食事と水分だったが、体はかなり栄養が足りなかったのか食べてからやたらと気分が昂っていた気がする。
感情の起伏が薄すぎて初対面で冷たそうな人と言われた私がここまでテンションが上がったのはいつぶりだろうか。
思えばこの森に来てから気持ちが明るくなっていた気がする、遭難しているのに……
知らない森に1人で不安だと思っていたけれど、無意識に普段の生活の方がストレスを感じていたのかもしれない。
「……帰っても、なぁ…」
この森から抜けたいとは思うが、帰った所で私を待つ人は誰もいない
バイトは私が居なくても回るし……あ、来週家賃払わなきゃだっけ……
私はもう、この状況が夢である事は無いと確信していた。
歩いているだけで足裏に沢山の傷ができた。血が滲んでも、傷に土が入り込んでも手当てどころか洗い流せる場所も無い
今も痛い、芝生や柔らかそうな地面を選んでいてもこうなるのだ。空腹感も、疲労も眠気も全てがあまりにも現実で、寝て起きたら解決するような現状ではないと意識させられた。
ここがどこかもわからず連絡手段も無く民家どころか人もいない。
見覚えのない植物をたくさん見かけた。ここは本当に日本なのだろうか?
それに……
今ここで、熊や猪なんかに襲われたら……
「……ええい!明るく!ポジティブに考えろ!」
頬を叩き立ち上がる。しっかりしなければ、スマホも無ければお金も武器も無い私に必要なのは体力と精神力なのだ。
「なんでこんな事になってるか分からないけど……おやすみ!!!」
先程集めた大きめの葉をまとめて地面に敷き、その上に横たわる。
「もしかしたら起きたら家の布団……いや、病院のベッドの上かも……し…れな…い……………」
「……ふぇ?」
誰かに声をかけられた気がして目を覚ました。
辺りを見回すがあるのは暗闇だけだった。
気を取り直して寝ようとすると、今度はハッキリと人の声が聞こえてきた。
男の人の声だ。もしかして、助けが来た?
いや……
「…っ、か、隠れなきゃ」
なんだか嫌な予感がした。第六感というやつだろうか、胸にぞわぞわした何かが込み上げてくる。
こんな夜更けに人がいるなんて、昼間あれだけ歩き回って人の気配すら無かったのに、そんなに都合良く現れるだろうか?
ただでさえ非力な私だが今は更に体が小さくなっているし、警戒したほうが良い気がする。
私は火を消し、近くの茂みの中に隠れた。
「頭ぁ〜オレもあいつらももう限界近いっすよ、最後にやってからもうひと月経ってますぜ?」
「何回も言ってるでしょう、お偉い貴族様がアタシ達のアジト嗅ぎ回り始めたから落ち着くまではカツアゲくらいしかやれないって」
「でもぉ…」
「そもそもねぇ……てめぇの犬が尻尾掴まれたせいでこうなってんだろうが。ったく、躾くらいちゃんとしておきなさい」
……何の話だろう。
暗くてよく見えないが、3人くらいの人影が喋りながら近くを歩いている。
誰かを頭と呼ぶ男、頭と呼ばれたオネエ口調の男、無言の男……
顔ははっきりと見えないけれど声と話でなんとなくこの人達には見つかってはいけない、と感じた。
……怖い。
「おっ…頭ぁ、ここ、誰かが居た形跡ありますぜ。……くっ、火は消したばかり……って事はぁ…」
「……はぁ。この森ならまず誰も探さないでしょうけど、後始末しやすいようにしなさいよ」
「っぱ頭は頭っすわ〜!んじゃ、いっちょ探しますか」
葉の隙間から男たち見ていると、頭と話していた男が地面に手を付けブツブツと何かを言い始めた。
すると次の瞬間、男の回りに白い光の円が浮き上がった。
円は何重にもなっていき、複雑な模様のような形になり……
「サーチベル」
光の円は一瞬にして男に集まり、消えた。
「……んぉ?……お、お、おぉ〜?」
男は立ち上がるなり私の方へ歩き出してきた。まるで私が見えているかのように。
え!?何!?なんでこっちに来るの!?
「み〜〜〜っけ!」
葉をかき分けられ、男と目が合った
「っ…!?」
「んぉ!?しかもガキじゃねえか!超〜ラッキィ〜!」
男は私の腕を掴むと、茂みから無理やり引っ張り出した。
「きゃっ…い、痛い!離して!」
「頭ぁ、頭ぁ〜!見てくださいよこれぇ!良〜い落とし物見つけましたよ!金髪のガキ!」
「ん?金髪?……ふうん、かなりの上玉が落ちてたものね……こんな森に子供1人?」
男に顎をぐっと掴まれ持ち上げられる
「お嬢ちゃん、パパとママはどうしたの?」
頭と呼ばれた男と目が合った。
こんな状況じゃなければ好きになれそうなタレ目で優しそうな顔をした男だった。
腕を掴んでいる男はモヒカンに充血した目で……人は見かけで判断してはいけないとは言うが、誰が見ても性悪そうな顔をした男だった。
知らない男に腕と髪を掴まれている、恐怖で声が出ない。
「おいガキぃ、頭が聞いてんだろうが答えろよぉっ!」
「がふっ……!?」
腕を掴んでいた男が脇腹を蹴ってきた。
枝が折れるような音が体から鳴った
痛い 痛い 痛い
痛くて頭が回らない、息の仕方が分からなくなる
「あ?もう壊れたかぁ?弱っちいガキだなぁ?」
「どこかの貴族の家出娘かと思ったけど……それにしては細すぎね、庶民かしら」
「はっ……か……ふぅ……ゔ………」
「…で?お嬢ちゃん、パパと、ママは?」
掴まれている顎が潰されそうになるくらい強い力が込められた
「……っわ、わからな……やめて……」
「あらあら怯えちゃって、かわいー。」
怖い、私はこれから何をされるんだろう
人さらい?野盗?それとも……
「頭ぁ、人の気配近くないしつまみ食いしてもいいすか?」
「んー…良いわよ、だけど顔に傷付けないでね、戻ったら市場にでも出しましょう。酒代くらいにはなるでしょうし」
「了解っすぅ〜」
掴顎と腕が掴まれていた手をぱっと離され地面に座り込むように落ちた。
頭と話していた男はスボンの留め具を外し始めた。
全身に鳥肌が立った、いますぐここから逃げなければ
蹴られた脇腹を庇いながら走りだす
「あっ、おいコラガキぃ!逃げんじゃねぇよ!」
怖くて、必死で、後ろを振り向く余裕なんて無かった。
石や枝が足の傷に刺さる、木の幹で何度も転びかけた。
気が付くと、男の声は聞こえなくなっていた。
「……にげ、きった……?」
辺りを見回しても人の気配は無くなっていた。
足の力が抜け地面に座り込む
ぽたぽたと水滴が地面に降った
「……あ」
涙が止まらない、あっという間に地面を濡らしていく。
「っふ、う……怖かったぁ………ひぐっ……うぅ…」
蹴られた脇腹とボロボロの足がジクジクして熱い、疲れた、もう何も考えたくない
どうしてこんな目に遭っているのだろう、どうして……
私の意識は、そこで途切れた