対策会議
世界観を語りたがる悪癖でできた幕間スタートです
会議室は地下三階。
対異世界脅威司令部《対魔王軍司令部》の地下中枢――通称《石棺》。
コンクリートの壁が音を吸い込み、空調の低い唸りだけが、微かに空気を震わせていた。
蛍光灯の白が冷たい影を作り、静かに場を支配する。
三人の男女が無言でテーブルを囲んでいる。
「……本当に、ここでやる必要あったんですかね?」
最初に口を開いたのは、丸眼鏡の男だった。
スーツは上質で、髪も丁寧に整えられている。だが額には薄く汗が滲んでいた。
真鍋議員。与党幹部。民間出身で地盤も弱く、防衛案件には及び腰なことで知られている。
「必要です。これは国防と外交、両方に関わる議題ですから」
対面に座る若い女性が、書類を整えながら静かに答えた。
黒いスーツに小さな国章ピン。背筋は真っすぐで、声は鋼のようにまっすぐ鋭い。
榊原企画室長。国防省戦略企画室、異世界対応部門を創設から率いる新進の官僚。
「まあまあ、そんなにお硬くならなくても」
隣の男が、紙コップのコーヒーをすすりながら軽く笑った。
くせ毛を無造作に撫でつけ、ワイシャツの第一ボタンは外れたまま。
市ノ瀬課長。保安局情報対策課。飄々とした態度の裏で、現場情報の処理速度は局内随一。
「俺なんて上司に“話し方が軽すぎる”って怒られたばっかですよ」
軽口に真鍋が弱く笑う。だが榊原は、視線をモニターに向けたまま一言だけ。
「議題に入ります」
ボタンを押すと、スクリーンが光り、世界地図が映し出された。
その表面を、赤い点が次々と点滅する。
「ご覧の通り、魔王軍の降下地点は全大陸に及んでいます。各国は自国防衛で手一杯。国際協力体制は崩壊しています」
「状況は好転していますか……?」
真鍋の声が、室内の静寂を震わせた。
「残念ながら。国連は機能不全で、安保理はまともに開けません。米国も……在日部隊の撤退をほぼ完遂し事実上存在しません」
「自主防衛ってやつっすねー。国防省さん、大変だ」
市ノ瀬の冗談にも、榊原の表情は微動だにしない。
「国内に目を移します。最大の問題は――九州戦線です」
その赤は血ではなく、「弱火」
「本州への侵攻は関門海峡で食い止めていますが、九州のほぼ全域が占領下にあります。ただし……最近の魔王軍の動きは、奇妙です」
「奇妙?」
真鍋が顔を上げる。
「はい。大規模な進攻作戦が、ここ半年ほど確認されていません。彼らは陣地を維持しながら、無作為に小規模な襲撃を繰り返している。まるで“戦うこと”そのものが目的になっているように見える」
「指揮系統が崩れてるんじゃないんすか?」
市ノ瀬が言う。
「その可能性もありますが……」
榊原は一瞬、言葉を選ぶように口を閉ざした。
「情報局では、“魔王軍の意思そのものが変質している”との見解も出ています。統一された命令がされていない、あるは意味不明な命令が連発されてそれぞれは自発的に動かざるを得なくなっていると」
「……化け物が、自分で動き出したってわけ……です、か」
市ノ瀬が呟く。
「ええ。ただ、それでも戦闘は終わっていません。市街地では魔将級個体の出没が相次ぎ、交通維持戦が続いています。戦線は、静かですが終わっていない」
スクリーンの九州が、ゆっくりと明滅する。
「北は……北海道戦線がありましたね?」
「ええ。異世界領域が緩衝地帯となっているため、比較的安定しています。ですが――」
「“こっち”は日本本土ですもんね。住民も、インフラも、全部が」
市ノ瀬が呟く。コーヒーの紙コップが、テーブルの上で空しく転がった。
「加えて、九州からの避難民は数百万規模に達しています。本土の都市は飽和し、治安が悪化。現状、治安維持は限界です」
「食糧問題も“あれ”のお陰でなんとかなってますけどこのままじゃわからないですね~」
「市ノ瀬さん」
榊原の声が冷たく落ちた。
「冗談でも、不安を煽るような発言は控えてください」
「はいはい」
軽口を返しながらも、市ノ瀬の眼だけは笑っていなかった。
「……次に、“異能戦力”の件です」
榊原が操作すると、モニターに魔力波形と人体断面図が映し出される。
異世界語の注釈が流れ、モニターの光が三人の顔を青白く照らした。
「現状、異世界側協力者が中心ですが、近年になって――現代人の中にも魔力適性者が確認されています」
「異世界に頼らず、こちら側で“力”を持つ人間を育成できる……」
「はい。それが我が国が独立した戦力を保つ唯一の道です」
「……で、それ、公表するんですか?」
真鍋の声には、恐れが混じっていた。
「子どもがスカウトされたとか、倫理団体が騒ぐというか……世論が爆発しますよ」
「そのための“境界前哨基地”です」
榊原が淡々と答える。
「魔力適性者の育成・監視・戦力化を行う専用施設。先日、第一陣が入隊しました」
「へぇ……どんな子たちなんすかね」
市ノ瀬が唇の端を上げる。
蛍光灯の光が、彼の瞳に冷たく反射した。
「“変わった子”が多いそうです。中には――兄妹の適性者もいるとか」
「兄妹……?」
「噂ですけどね。まあ、面白くなりそうだ」
真鍋は、小さく頷き、目を伏せた。
その仕草は、祈りにも似ていた。
「……本当に、これが“希望”になるといいんですがね」
彼の言葉は、地下の空気に沈み、音もなく消えた。
残ったのは、空調の低い唸りだけだった。
空気は、相変わらず静かに震えていた。




