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占いにはご用心

 週末の午後。

 ティーンズ誌のトレンドページには、こんな見出しが踊っていた。


 「異世界式占いブーム到来! 魔素で“運命の色”がわかる♡」


「ねえねえ、これ見た?」

 うきがスマホを掲げて、まひるに詰め寄る。

 画面には、半透明の魔法陣と、眩しすぎる笑顔の女子高生。


「“エーテル水晶”で魔力診断……って、また流行ってるの?」

「異世界式だよ? 本物っぽいんだって!」

「いや、“魔力診断”って、健康診断みたいに言うけど……」


 まひるが呆れていると、事務所の奥から声がした。


「――それ、やめとけ」


 神野だった。

 顔も上げずに、書類をめくりながら。


「もはやあれは遊びじゃない。異世界式占いは、降霊術の派生だ。 “魔素波動”なんて言葉でごまかしてるが、やってることは魂の召喚。しかも、手順が逆だ」


「逆?」

「呼ぶつもりが、“呼ばれる側”になってる。……あれは扉を開く式だ」


 その言葉のあたりで、空気が少しだけ冷たくなった。

 蛍光灯の音が、微かに耳鳴りのように伸びた。


 数日後。

 夕方のニュースで、緊急速報が流れた。


「駅前の異世界占いスクールで、受講生七名が倒れているのが見つかりました――」


 まひるがリモコンを落とした。


「……これ、あのページのスクールじゃない?」

「“リュミエール・フォーチュン学院”。……まさか」


 その夜。

 神野探偵事務所。

 テレビの青白い光の中、神野は静かに呟いた。


「……集団自殺って報道してるが、実際は違う。まだ“いる”」

「いるって?」

「“呼ばれて来たもの”が、帰っていない」


 神野は古びた連絡帳を開いた。

「知り合いの神主を呼ぶ。少し変わり者だが――信頼できる」


 翌夜。

 駅前の雑居ビル三階。

 窓は割れ、床には乾ききらない塩の円。

 湿った空気が“人の匂い”をまだ覚えている。


 机の上には、水晶玉とペン型の魔法陣描き器。

 壁のポスターが微かに揺れている。風はないのに。


「……ここ、やばいね」

 うきが肩をすくめた。

 まひるは懐中ライトを構える。


「“ひとりかくれんぼ”って、知ってる?」

「ぬいぐるみに霊を入れるやつでしょ?」

「うん。これ、やり方がそっくり。 “魔素で意識を呼び水晶に宿す”――魂の依代」


「よくできたオカルトごっこ、じゃないの?」

「だったら、どうしてまだ温かいの?」


 ライトの先。

 円の中の水晶玉が、人肌みたいな温度で赤く光っていた。


「来たか」


 低い声。

 扉の向こうに、白装束の男。

 袴に魔導符を刺繍し、腰には数珠と杖。


「こいつは“黒瀬”。神主の次男坊で、異世界帰りの変人だ」

「変人は余計です。……式の結界が逆転してますね」

「つまり?」

「“呼ぶ側”が、完全に“呼ばれた側”。儀式の主導権を奪われています」


 黒瀬が床に膝をつき、手を合わせる。

 空気が、一瞬だけ止まる。


「まひるさん、ライトを落とさないでください」

「え、あ、はい……?」


 次の瞬間、天井が鳴った。

 机が動き、水晶が転がる。

 風が吹き抜け、うきの髪が浮く。


「ポルターガイスト……っ!」

「落ち着け。こっちを見るな」


 黒瀬が印を切る。

 塩がゆっくりと円を描きながら、金色の鎖に変わる。


「……っ!」


 まひるの体が硬直した。

 瞳が白く濁り、口から低い声。


「……イタ……イ……ナゼ……ヨン……ダ……」


「憑依された!」

「触るな!」


 黒瀬の咒が響く。

 光の鎖が跳ね、まひるの首筋から黒い影が抜けた。

 それは壁にぶつかり、一瞬だけ“笑顔”の形をして砕けた。


 沈黙。


 まひるが倒れ、うきが泣きそうな声を上げる。

「まひるっ!」

「大丈夫、意識はある」黒瀬が答える。

「ただ、見ただけだ。向こう側を」

「向こう……?」

「“呼んだ者の世界”だ。魔法と霊術の境は、もう壊れている」


 全てが終わったあと。

 神野と黒瀬は床に残った魔法陣を焼き消した。

 雨に濡れた街。

 警備灯の青が、遠くで脈を打つ。


「まひる、もう平気?」

「うん……でも、怖かった。あれ、夢じゃない」

 うきは唇を噛む。

「魔法って、危ないんだね」

「危ない。でも、正しく使えば――」

 黒瀬が微笑む。

「“護る”こともできる」


 神野は煙草を咥え、雨の街を見下ろす。

「……これが今の日本だ。異世界と現世の境が、どこにもない」


 うきが床の焦げ跡を見つめた。

 焦げた円の中心には、焼け落ちた“ぬいぐるみ”のボタンの眼が転がっていた。


「……ひとりかくれんぼ、って言葉。“かくれんぼ”だから、“相手”がいるんだよね」


 誰も答えなかった。

 ただ、遠くの信号機が、人の声みたいに鳴った。

 雨音がそれを包み、世界を濡らしていった。

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