3話
光が、痛いほどまぶしい。
まぶたの裏を何度も叩くような感覚と、低く唸るような電子音が重なる。
ユウがゆっくりと目を開けたとき、視界の端に浮かぶのは無機質な天井だった。
「……起きた? お兄ちゃん」
視界を動かすと、美月がいた。
少しだけ泣いたあとのように見える目元。それでも、彼女は笑っていた。
周囲を見渡す。
場所はどうやら病院――それも特に、軍関係の隔離施設を兼ねた病院のようだった。白い簡易パーテーション。リニア式のモニタ。そして、見慣れない魔力センサー。
学校の防災演習で学んだ知識が頭をよぎる。
異世界の生物――いわゆる魔物や、魔王軍の構成体に触れた地球人は、体内に“魔素”と呼ばれる異質なエネルギーを取り込んでしまう。体調不良や意識障害を引き起こす危険があり、軍ではこれを定期的に監視するための措置が義務づけられていた。
ベッドの脇には、血と焦げた魔素の匂いがまだ微かに残っていた。現実離れしているのに、妙にリアルだった。
「……大丈夫だったか」
「うん。私は軽傷。お兄ちゃんが守ってくれたから」
美月のその言葉にユウは安心したように息を吐き、起き上がろうとして、肋骨のあたりに痛みを覚える。
「魔素にやられてるから、あんまり動かない方がいいって。念のため、魔力適性も調べるってさ」
「……魔力適性?」
美月が頷いた。
「うん。ほら、最近、現代人でも異世界の魔素に適応しちゃう人、出てきてるでしょ。で、魔物に直接触れた人の一部に、覚醒の兆候が出ることもあるって」
現代人に増えつつある魔力適正者。それが希望か呪いかは、まだ誰にもわかっていなかった。
そのとき、パーテーションの外から声が聞こえた。
「すみません、神名ユウくんのところにお見舞いです」
カーテンが開く。
入ってきたのは、制服姿の少女だった。
年齢はユウたちと同じ、高校二年生。
透明な水に色が差すような、どこか浮世離れした雰囲気。
彼女の名は――時守しずく。
ユウのクラスメイト。
「これ、先生がクラスみんなに色紙書かせてて……あと、これがプリント。退院したら提出しろっていってたよ」
彼女は言いながら、ファイルを手渡してくる。ぺこりと頭を下げてから、美月にも小さく会釈した。
「……ありがとう」
ユウは、しずくから受け取ったファイルを抱えながら、彼女の背中を見送った。
無口で、どこか影のある転校生。なのに、誰よりも自然に、こういうときに来てくれる人。
しずくは、帰り際にふと振り返った。
「神名くん、あなた……魔力適性、ありますよ」
その声は妙に静かで、真っ直ぐだった。
「……え?」
ユウが固まると、しずくはほんの少しだけ口元を動かした。
「ふふふ、ジョークです……」
それは、どう聞いても棒読みだった。
彼女の表情は変わっていない。
けれど、なぜかその一言で、さっきの”ジョーク”が本当のことのように思えて、ユウは息を飲んだ。
しずくが帰った後、ベッドの横で、美月がぼそっと呟いた。
「……ねえお兄ちゃん、あの人さ……」
神妙な顔でユウの目をじっと見つめてくる。
まさか、とユウは息を呑む。
「……なんだよ」
美月は深刻そうな沈黙の後、おもむろに言った。
「めちゃくちゃ美人じゃなかった?」
間
「そこかよ」
ユウは思わずずっこけそうになる。
「クールで無表情で不思議ちゃんとか、属性盛りすぎでしょ。推せる」
「勝手に推すな」
「いやいや、お兄ちゃんがいくしかないでしょ。今ならワンチャンあるよ」
「何のだよ!? っていうか、どのテンションで言ってんのそれ」
「運命の入院フラグ、立ちましたってことで」
「黙れ聖母気取りの邪神」
ユウのツッコミは冗談めいていたが、その言葉だけが、どこかに引っかかって残った。