アランの帰国
訓練所の空は、まだ冬の残り香を抱き、春を少し押し戻していた。
ユウが息を吐く。白い靄が風に溶け、遠くの山の稜線がかすむ。
「――帰国、ですか」
問いかけに、アランは静かに頷いた。
「アーヴェリスへ戻らねばならん。ここで学んだことの報告を上げる。……それに、貴族としての雑務も山ほどある」
わずかに笑う。その笑みは疲労と誇りのあいだにあった。
「こっちの生活にも慣れてきたところなんですがね」
鷹真がぼそりと呟く。
「次に会うときは、俺たちも肩書き付きかもですよ」
「なら、恥をかかぬようにしておけ。貴族は“見た目”が九割だ」
「講義で聞きました! 二回目の、臨時のやつ!」
美月が勢いよく言う。アランは小さく吹き出した。
「一回目は、まああれだったからな」
ユウたちは、あのミリオタ令嬢を思い出す。
どれもこれも、つい最近のことなのにどこか懐かしい。
出発の日の朝。
演習場には薄い霜が降り、光を受けて白くきらめいていた。
並ぶ標的は三つ。距離二百メートル。風速は微風。
そして、ふたりの挑戦者。
「最後に、手合わせを願いたい」
アランが言った。
「“どちらが先に撃破するか”。俺は魔法で、お前は――科学で」
ユウは短く頷く。
「俺も、それなりに強くなってますよ。手抜きは、しないほうがいいです」
エリュナが審判役として立った。
「制限時間、三十秒。標的は三つ――中央、左、右。最も早くすべてを破壊した方の勝利とします」
空気が張りつめた。風が止み、雪が舞う。
ユウは魔導銃を構えた。
魔石を装填。魔力が銃身を走り、青い光が脈打つ。
アランは杖を掲げ、詠唱を始める。
「イグニス・ベクタ――」
「開始!」
一瞬、世界が止まった。
次の瞬間、閃光。
ユウの弾丸が空を裂き、アランの炎弾がそれを追う。
弾丸が標的を貫くと同時に、炎が爆ぜて巻き上がる。
二発目、三発目――光と轟音が交錯し、空が震えた。
そして、沈黙。
焦げた金属と霜の匂いだけが残る。
エリュナが手を上げた。
「――引き分け」
アランが笑った。
それは、いつもの冷静な微笑ではなく、少年のように晴れやかな笑みだった。
「なるほど。これが“科学”か」
「……思ってたより、魔法も速いですね」
「どちらも、世界を形づくる力だ。違う理屈で動き、同じ“現象”を生む。――面白い」
風が吹く。
雪の粒がふたりの間を渡った。
「ユウ。お前たちの技術は、我々の魔法に“現実”を与える。そして我々の魔法は、お前たちの科学に“夢”を返す。……交わるべきだ、いつか本当の意味で」
ユウは銃を下ろし、まっすぐに頷いた。
「そのとき、また勝負しましょう」
「次は、引き分けにはさせん」
アランが背を向け、歩き出す。
外套が風に舞い、光を返した。
遠ざかるその背を見送りながら、ユウが小さく呟く。
「……あの人、やっぱりカッコいいよな」
「だね」
美月が笑う。
「でも次は、お兄ちゃんが勝つ番だよ」
訓練場の空は、冬の青を深めていた。
科学と魔法、二つの光が、静かに並んでいた。




