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怪異との出会い

 まひると放課後に遊んだ帰り道。

 商店街のネオンは、まばたきみたいに点いたり消えたりしていた。

 風はないのに、旗がゆらゆらと左右にずれて見える。


「寄り道なしだよ」と、まひるは言っていた。

 でも、うきはちょっと遠回りして商店街に入り、ショーウィンドウの前で足を止めた。

 ガラスの中に、マネキンと、うき自身。


「……あれ?」


 映った自分が、笑っていた。

 目尻まで吊り上がる、知らない笑顔。

 うきは、そんな顔していない。

 けれど、ガラスの中の“彼女”は、うきよりも嬉しそうだった。


 背後で、靴音がひとつ。


「――ねえ、わたし、綺麗?」


 濡れたアスファルトに、曖昧なシルエット。

 長い髪、赤いマスク。街灯の光が口元で止まる。


「え、あの……」

「ねえ、綺麗?」


 声が、近い。

 なのに、足音がない。

 息だけが聞こえる。自分のじゃない呼吸音。


 女の口元が、ゆっくりと裂けた。

 皮膚の剝がれる音が、静かに響く。

 腐った花の匂い。

 空気が、ぬるく歪んだ。


 うきは動けない。

 世界が、待っているように止まっていた。


 ぱん、と乾いた音。

 紙札が宙を走り、女の額に突き刺さる。

 次の瞬間、霧ではなく“映像ノイズ”のように崩れていった。


「動くな」


 街灯の陰から、ロングコートの男が現れた。

 指先の札が淡く光る。

 片目の義眼が、わずかに赤い。


「“口裂け女”。都市伝説の再構成体だ。……お前、つかまる寸前だった」

「だ、誰?」

「探偵だ。超常現象事件専門。夜は出るな」


「でも、今の……ほんとに?」

「“魔素”が流れ込んでる。昔話が現実を真似するんだ。君みたいな子が“可愛い”“怖い”って拡散する。それが信仰みたいなものだ。信じるだけで形になる」


 うきは息を詰めた。

 男は踵を返し、夜の層の中に消えた。

 残された札が、灰ではなく黒い粉塵を散らして消える。


 翌朝。

 うきはベッドの上で、昨日のことを何度も反芻していた。

 学校のチャイムが遠くで鳴るのに、身体が重い。まひるからの通知が、画面にぴこぴこと光る。「今日も一緒に帰ろ?」

 ――ふとよぎる昨日の帰り道。うきは画面を撫でて、ため息をついた。


 あの女の笑顔が、夢の中にまで忍び込んでくる。裂けた口元は、ただの恐怖じゃなかった。

 鏡を見るたび、ガラス越しの知らない笑顔がよぎる。

 自分は、本当に「うき」なのか? それとも、誰かが信じてくれた「影」の一部?

 ふと、授業で聞いた哲学者の言葉がよぎる。“我思う、故に我在り”。

 でも今は、思っても、確かめられない。


 まひるに会うと、きっと笑顔で誤魔化せる。

 でも、それじゃ足りない。神野の言葉が、耳に残ってる。「魔素が流れ込んでる」

 あの義眼の赤い光が、警告じゃなくて、誘いのように感じる。怖いのに、知りたい。現実の隙間を、覗いてみたい。


 放課後、うきはまひるの手を引いて、駅裏へ向かった。

「ねえ、うき。なんか、今日は目がキラキラしてるよ? 秘密のデート?」

 まひるのからかいに、うきは頰を赤らめて首を振る。


「ううん……ただの、探検。ちょっと、怖いけど、ワクワクするやつ」

 雑居ビルの階段を上る足音が、うきの胸に響く。三階の扉の前で、深呼吸。表札の「神野調査事務所」が、昨日の札の粉塵みたいに、かすかに揺らぐ。

 ノックする指が、震えていた。


「まさか来るとは思わなかった」

 神野は煙草を吸いながら言った。


「助手にしてください!」

「ダメだ」

「どうして!」

「危険だから。夜は、もう“現実の隙間”だ」


 神野は机の上の地図を指す。

 赤いピンが都市の神経のように並んでいた。


「ここに共通点がある。全部、夜になると“見たものが変わる”地区だ。理由は単純。魔素濃度が高いと、人間の認識が壊れる。見たくないものを消して、見たいものを形にする。それが“怪談が現実になる”という現象だ」


「……そんなの、怖すぎる」

「怖いのは怪異じゃない。皆、現実のほうを信じられなくなってるってことだ。政府広報の言う通りだ。夜はもう、人のものじゃない」


 それでも、うきの頭から“昨日の女”が離れなかった。

 あの裂けた笑顔。

 あれは、恐怖でも呪いでもない。

 ――誰かが「可愛い」と思って描いた夢のなれの果て。

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