To a Beautiful Voyage!
アラビア海域、座標北緯20度、東経60度。第三護送団旗艦「日本晴」
午前零時四十七分。
護送団七隻――フリゲート艦三隻、商船四隻。総トン数二万五千。
積荷:中東産鉱石二百トン、燃料コンテナ五十基。
出航地:砂の門交易港(中東連合区)。目的地:横須賀港。
天候:晴、風速五メートル。波高一メートル。
魔力探知:反応あり。海魔出没確率、八割。
艦橋のモニターが、星明かりの波を映す。
護送団長・海原三佐は、無線を握りしめていた。
指先が、わずかに震える。
「全艦、祈りの詠唱を継続。海魔の気配を払え」
声は低く、命令ではなく、祈りの延長。
各艦から、艦橋要員たちによる、異世界教官に教わった借り物の呪文が漏れ聞こえる。
「波よ、静まれ。深淵の牙よ、眠れ……」
科学のレーダーは魔物探知には役立たず。魔力乱流で、画面はノイズに埋もれる。
代わりに、甲板の水兵たちが、護符を握り、額に汗を浮かべる。
石油の残り火が尽きかけた今、船は半魔導推進。燃料の半分は「信仰」で稼ぐ。
「投資とは祈り。航路は宗教」――砂漠の商人の言葉が、頭に残る。
零時五十二分。
レーダーが、ついに鳴った。
深海から、黒い影。
それは波を裂き、浮上する。
クラーケン。触手八本、胴体五十メートル。
魔王軍の深淵種。甲殻に巨大な棘。目玉は、赤く光る。
一瞬で、商船二隻の舷側を絡め取る。
甲板が軋み、コンテナが海に落ちる。
「全艦、戦闘態勢! RPG班、発射準備!」
海原の号令が、無線に響く。
フリゲート艦「護波」の甲板で、水兵たちが肩に担ぐ。
RPG-7改。弾頭に魔導触媒を充填した、火力と魔法のハイブリッド。
「祈りを込めて……撃て!」
轟音。
尾翼が回転し、棘の触手に食い込む。
爆炎が海面を焦がし、クラーケンの咆哮が波を震わせる。
だが、巨体は止まらない。
次の触手が、フリゲート艦「雷鳴」を直撃。
船体が傾き、機関部が炎上。
悲鳴と爆発音が、無線に混じる。
「こちら『雷鳴』! 浸水開始! 放棄――」
通信が途切れる。
船はゆっくりと、闇に沈む。
乗員三十八名。生存率、推定二割。
海原は、双眼鏡を握りしめ、吐き気を抑える。
「損失一隻。だが、船団は維持。回避航路へ転進」
声は、報告書のように平坦。
クラーケンの棘が、残る触手を引きずり、深海へ。
祈りの詠唱が、ようやく静まる。
残存六隻は、波に揺られながら、日本への海路を再び目指す。
積荷の3分の1は失われ、燃料は祈りで補う。
報告書の最終行にはこう書かれていた。「護送成功。代償:一隻沈没。再航路要請」
その夜、海原は艦橋で独り、星を見る。
灼熱の空から、わずかな光。
「海が死んでも、空は飛べる……か」
誰かの言葉を、思い出す。
だが海は、変わらずざわめく。
この国の物流は、「沈まないこと」を確認するために、船が沈む。




