空を制する者
翌朝。
訓練場の空は、抜けるように青かった。
昨日の飛行実習を終えたばかりの訓練生たちは、筋肉痛と眠気を抱えながら集まっていた。
「――今日は特別演習をします」
エリュナが穏やかに告げる。
「皆さんの前に、講師をお呼びしました」
その言葉に合わせ、ひと筋の風が吹き抜けた。
光がきらめき、空の一点に影が浮かぶ。
やがてそれは形を成し――ひとりの青年が、ゆっくりと降り立った。
灰青の外套に、漆黒の杖。
表情は冷静で、どこか挑発的。
アランだった。
「昨日の様子は聞かせてもらった。今日は少し、お前たちの“空の感覚”を見てやる」
エリュナが微笑む。
「ルールは簡単です。“アランさんに触れたら”ご褒美。デザート、またはお風呂一時間延長、もしくは追加自由時間」
訓練場にどよめきが走った。
「お、お風呂!?」「自由時間!?」「デザートって何ですか!?」「プリンだそうです!」
一瞬で士気が爆上がり。
アランは苦笑し、指先で箒を回した。
「……悪趣味な特典だな。だが、いいだろう。ただし――“俺を捕まえられたら”の話だ」
号令とともに、アランが飛び立った。
その動きは滑らかすぎて、もはや風と区別がつかない。
反重力のような上昇、きりもみ回避、急降下からのS字旋回――。
それは重力を切るように見えて、実際は――重力を“使って”いた。
上昇で空気を圧縮し、圧力差を自分の魔力で固定する。
それを解放した瞬間、風が彼を押し上げる。
「速っ!?」「視界から消えた!?」「彼の箒、次元切ってません!?」
直人が解説するように言った。
「上空で加速してから落ちて来ています! ハイヨーヨーと呼ばれるもので、位置エネルギーを運動エネルギーに――落下を武器に変えるんです!」
「それ魔法じゃないじゃん!?!?」
莉音が爆音まき散らしながら上昇する。
「待てぇえええっ! 今度こそタッチしてやるぅ!!」
「莉音ちゃん、それ直進しかしてません!!」
美咲が後方から必死に追うが、風圧で涙が滲む。
(アランは魔術に頼り切りじゃない。空に慣れている、普通のやり方は通用しない。ならば――)
ユウの思考を察したように、美月が肩越しに叫ぶ。
「お兄ちゃん、右旋回! 逃げ道塞ぐ!」
「了解!」
ユウと鷹真が左右から挟み込み、上空の檻を作り始める。
さらにその上空では直人と美咲が連携し、逃げ場を塞ぐ。
鳥かごが完成した。
「これで行き場はないですよ……!」
鷹真が笑う。
「さすがだな。連携の呼吸、悪くない」
風の流れが変わる。
アランの軌跡が一瞬だけ、見えた。
「今だよ――ユウ!!」
ユウが箒を傾け、突き出す。
風を切り裂き、指先が確かにアランの肩に――触れた。
触れた、はずだった。
次の瞬間、アランの姿が歪む。
空気が波打ち、彼の姿は霧のように消えた。
「……幻影!?」
頭上から声が降ってきた。
「“風の残像”だ。風速の差を読めば、位置など悟らせない」
振り向けば、アランが逆光の中で笑っていた。
彼の外套が風に翻り、陽光を反射する。
その姿はまるで、“空を支配する者”のようだった。
エリュナの笛が鳴る。
「――終了です!」
訓練生たちは、次々と地面に着地してぐったりと倒れ込んだ。
汗と風塵まみれ、しかしどこか清々しい。
アランがゆっくり降下してきて、肩で息をするユウたちを見下ろす。
「悪くなかった。動きに無駄が減ってきた。“誰も触れなかった”が、それは恥ではない」
「つまり……デザートは、なし?」
莉音が泣きそうな顔で聞く。
「当然だ」
アランは少しだけ口の端を上げる。
「だが、健闘賞として――今日は“カレーにゆで卵”を追加してやる」
「おおお!?」「微妙にうれしい!」
訓練場に笑いが起こった。
風が吹き抜け、アランの外套がひるがえる。
その姿を見ながら、ユウは思った。
(あれが――本物の“空の魔法使い”か)
いつか、自分も届く。
そう誓うように、ユウは拳を握った。




