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夢の返済

 ティレナの朝は、どこか夜の続きのようだった。

 陽が昇っても街は醒めない。

 焼けた鉄と油の匂い、昨日の笑い声がまだ路地に残っている。


 宿の朝は最悪だ。

 空調なんて洒落たものはなく、窓から吹き込む熱風が寝汗を乾かすだけ。

 ベッドは硬く、シーツは昨日の誰かの夢でまだ湿っている。

 飯はうまい――だが衛生感終がわっていた。

 スープの底では何かが動き、パンには砂の歯ざわりが残る。


 それでも阿久津カイトは、笑っていた。

「異世界だもんな、こういうのも醍醐味だろ……!」


 希望の光だけを背負って、彼はギルドへ向かう。

 喧騒の中、まっすぐな声で言った。

「一緒にクエスト行ける人、いませんか!」


 誰も振り向かない。

 視線だけが刺さる――“あいつは地雷だ”という無言の烙印。

 新品の剣、綺麗すぎる靴、場違いな目の輝き。

 ティレナでは、それは死神のマーキングだった。


「カイトさん、今日はもうやめておいた方が――」

 ミリアの声は穏やかだった。だが、止まらない人を知る声だった。


「大丈夫です! 危なくない依頼から慣れていきます!」


 彼が選んだのは、“薬草採取”のクエスト。

 安全地帯、低報酬、初心者向け――そう書かれていた。


 日が傾くころ、カイトは帰ってきた。

 全身泥まみれ、服は裂け、顔には乾いた血。

 片手には、砕けた採取袋。


「……クエスト失敗、ですね」

 ミリアは短く言い、そっと帳簿を閉じた。

 その隣で、サーシャが小声で祈るように息をのむ。


「登録取り消しか、違約金か。どちらにします?」

「……違約金で」


 署名する手が震える。

 財布が軽くなる音。

 それだけがやけに澄んで聞こえた。


「どうして……こうなったんだろう」


 誰も答えない。

 サーシャが、机の影でぽつりとつぶやく。

「……夢の返済、早かったですね」


 ミリアは返す言葉を持たず、ただ破れた契約書を片付けた。

 指先の動きが少しだけ、ためらっていた。


 外では夜市の灯がともる。

 焼肉の匂いと、金属と笑い声のリズム。

 ティレナは今日も生きている。

 そしてまた一人、夢の亡骸を呑み込んだ。

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