夢の前借り
昼下がりのティレナは、太陽と喧噪がよく似合う。
焼いた肉の匂いが風に乗り、金属と笑い声が同じリズムで響いていた。
その中心にある冒険者ギルド支部――
世界の終わりすら商談の種になる街の、最も現実的な場所。
カウンターの奥では、二人のギルド嬢が帳簿と格闘していた。
金髪を後ろでゆるくまとめたミリアと、赤毛を三つ編みにした小柄なサーシャ。
ペンの音とため息が、午後の日差しの中で交互に響く。
「……またクエスト失敗、ですか?」
「うん、しかも依頼者クレーム付き。“討伐証拠が見つからない”ってさ。カンカンよ」
ミリアは書類を閉じ、こめかみを軽く押さえた。
机の上のインク壺に、沈む夕光が揺れている。
「最近多いのよ。“地球から来ました”とか言う新人冒険者。装備はピカピカ、魔術は未経験。あの子たち、なんでよりによってゴブリン退治に行くのかしら」
「“初心者向け”ってネットで見たらしいですよ?」
「ネット?」
「地球の情報網? “FIRE”とか“異世界でスローライフ”とか言ってました」
ミリアは小さく息を吐き、ペン先を噛んだ。
「スローライフでゴブリンに腹裂かれるとか、聞いたことないわ」
「でも、悪気はないんですよ。なんか“もう会社に戻りたくない”とか、“こっちなら才能で一発逆転できる”とか言ってて……」
「才能ってのはね、生き残ったあとでようやく測れるのよ」
二人は顔を見合わせて、同時に苦笑した。
ミリアは紅茶をひと口、サーシャは小さく伸びをする。
「王都の新聞が“異世界転移者は高収入職”なんて煽るから悪いんですよ」
「その見出し書いたやつ、ギルドの現場に一週間放り込みたいわ」
「三日で泣いて帰りますね」
そんな他愛ない愚痴が、かえって穏やかな時間をつくっていた。
そこへ、入口の鐘が鳴った。
「ようこそ、ティレナ冒険者ギルドへ!」
マニュアル通りの挨拶をしながら顔を上げた瞬間、ミリアは固まった。
ドアの前には、見るからに“地球出身”の青年が立っていた。
新品の戦闘服、未使用の鞄、そしてやけにまっすぐな瞳。
「すみません! 冒険者登録をお願いします!」
声は明るく、どこか浮ついている。
背中の剣には、まだ値札が揺れていた。
サーシャがそっと囁く。
「……ミリアさん、今日も始まりましたね」
「ええ、“異世界FIRE組”の入荷日か」
青年は二人のやりとりに気づかず、希望に満ちた笑みを浮かべる。
「僕、今日からこの世界で、自分の力で生きていきます!」
ミリアは営業スマイルを崩さず、淡々と告げた。
「――登録料、前払いになりますけど、大丈夫ですか?」
彼は胸を張って財布を開く。
「もちろん! 夢に投資です!」
ミリアは書類を差し出しながら、目を伏せて微笑んだ。
「夢ってのはね……返済期限が早いのよ、この世界は」
青年が書類に名前を書き込むあいだ、サーシャはその背を見つめていた。
指先で、そっと胸の前で小さく祈る。――どうか、あの青年が明日も笑えますように。
外では鐘楼が鳴り、日が傾き始めていた。
ティレナの街にまたひとつ、“新しい命”が増える。
そして、誰も知らないうちに――またひとつ、減っていく。




