射撃訓練
翌日。
筋肉痛の悲鳴が、訓練所のあちこちから聞こえていた。
ユウも例外ではない。足を一歩動かすたびに、ふくらはぎが抗議してくる。
「昨日の行軍で死ななかっただけマシですよ」
鷹真が言いながら、腕を回してストレッチする。
「……マシって言葉の意味、もう信じられないんだが」
「私もう歩きたくない……寝転び訓練にして……」
莉音が机に突っ伏している。
そんな中、教官の声が響いた。
「全員、射撃場に集合!」
嫌な予感しかしない号令だった。
射撃場は山の麓に造られた屋外区画で、魔導障壁の結界が張られている。
並べられた訓練用ライフルは、普通の銃に見えるが――
銃身の根元に、淡い魔導石が埋め込まれていた。
「今日から、お前たちには“魔導射撃”の基礎を叩き込む」
教官の背後に立っていたのは、昨日オリエンテーションで魔法を披露したエリュナだった。
黒衣の裾が風に揺れ、瞳はまっすぐに訓練生たちを見据える。
「勘違いするな。これは“武器の訓練”ではない。――“生存の訓練”だ」
ざわめきが起こる。
「なぜ魔法を学ぶ僕らが銃を学ぶのですか?」
直人が手を挙げて尋ねる。
教官は小さく頷いた。
「異世界の戦場は君たちの思い描く想像の世界ではない。低級魔物の群れから、空を飛ぶ魔獣、果ては“魔将”と呼ばれる知性体まで存在する。君たちの国や世界が求めているのは、単なる冒険者ではない。どんな戦場にも適応できる――オールラウンダーだ」
言葉が重く響く。
「異世界人と違って、お前たちは幼少期から魔術を学んでいない。だが――諦めるな。魔法に“勝てない”なら、“組み合わせて超えろ”。それが、この世界での生き残り方だ」
エリュナが机の上に置かれた魔導ライフルを手に取る。
銃身の魔石が淡く光る。
「この銃に使う弾丸は、魔導弾と呼ばれる。撃つ瞬間、弾丸に魔力を通す。それによって、意識した方向へわずかに“誘導”される。だが、意識が乱れれば弾道も狂う――精神統一こそが照準だ」
「つまり……心で撃て、ってこと?」
莉音が小声でつぶやく。
「そうだ。照準は、指ではなく心臓で合わせろ」
エリュナの答えは、静かにして冷ややかだった。
ユウは銃を手に取り、感触を確かめた。
見た目は近代兵器だが、引き金に触れると、かすかな魔力の脈動が伝わってくる。
“生きている銃”――そんな錯覚さえ覚える。
「では、まずはユウ。安全装置を外せ。構えろ」
そう言って、エリュナが軽く指を鳴らす。
演習場の奥で、魔導光で形成された獣型の標的がうごめき始めた。
咆哮。
空気が震える。
「……これ、的っていうレベルじゃねぇだろ」
「お兄ちゃん、がんばれー! せめて前に飛ばしてね」
「当たり前だ!」
教官の号令が響く。
「訓練開始――撃て!」
引き金を引く。
青白い閃光が弾け、弾丸が宙を滑るように走る。
その軌跡は確かに“狙い”を追っていた。
だが、次の瞬間――
獣の影が跳ね、弾丸は空を切った。
「集中が足りない。心を研げ」
エリュナの声が冷たく落ちる。
ユウは息を整え、再び銃口を上げた。
脈打つ魔力が、引き金越しに心臓へと響く。
世界が静まり返る。
(――当てる。今度こそ。)
カチリ。
引き金がわずかに動いた――その瞬間。
標的が、吹き飛んだ。
轟音はなかった。
衝撃も、閃光もない。
ただ、弾丸が出るより早く、的が崩れ落ちた。
場が、静まる。
隣の鷹真が目を丸くする。
「……今の、撃った?」
ユウ自身、何が起こったのか分からない。
銃口はまだ煙も上げていない。
弾道どころか、発射の痕跡すらない。
ただ、“結果”だけが、そこにあった。
エリュナがゆっくりと歩み寄る。
銀髪が光を受け、冷たい輝きを放った。
「ユウ、といったな」
「は、はい」
「お前……魔術の経験があるのか?」
その問いに、ユウは戸惑いながら首を振る。
「いえ……まったく。見るのも、触るのも最近で」
エリュナはしばし沈黙し、何かを測るように彼の手元を見つめた。
「もう一発、撃ってみろ」
ユウは息を呑む。
銃を構え、再び引き金に指をかける。
――何も起きない。
引き金を引いても、弾は出ない。
魔導石は淡く光っているのに、銃は沈黙したままだ。
「……?」
焦ってもう一度引く。
すると、弾があらぬ方向に飛んでいき、ユウは反動で尻もちをつく。
その瞬間、理解が閃く。
――弾は、もう撃たれていた。
いや、違う。“撃つ前に”すでに撃っていた。
結果が原因より先に存在する。
まるで、世界が少しだけ順序を間違えたような。
教官の声が遠くで響いている。
仲間たちの視線も感じる。
だが、ユウの耳には、自分の鼓動しか聞こえなかった。
エリュナが静かに口を開く。
「……因果の前借り。相当高度な現象ね……」
その声には、驚きよりも興味が混じっていた。
「まさか、魔術を学び始めたばかりの者がそれを起こすとは――」
ユウは銃を見つめた。
手のひらの中で、まだかすかに脈打つように温かい。
まるで、何かが“確定してしまった”後の熱。
(……俺、いったい何を撃ったんだ?)
霧の奥で、標的の残骸が淡く消えていく。
その光景は、まるで世界が“後付けで”矛盾を埋めているようだった。




