ゼロ
オリエンテーション後、詳細な施設の説明やら安全講習が続く。
それらが終わって、訓練生たちはようやく一息ついた。
ユウも、退屈さのあまり、何度か船を漕ぎかけつつも耐え抜く。
「……早々にハードだ」
ユウが机に突っ伏すと、隣の鷹真が笑った。
「態度も見られてるかもですよ? もう遅いかもしれませんが」
「わかってはいるけど……眠気にはな」
昼食は食堂でカレー。
昨日と同じメニューに、莉音がスプーンを掲げて宣言する。
「もう“カレーの基地”だよねここ! 一生分食べた気がする!」
美咲がくすりと笑う。
「でも美味しいですよ?」
直人は真顔で補足する。
「この異世界産スパイスは魔素の循環を促すんです。合理的ですね」
「理屈で食べないでよ!」
莉音が思わずツッコミがテーブルを少しだけ明るくする。
そんな軽口を交わしながら、午後の訓練が始まる。
教官の号令とともに、訓練棟の照明が落とされ、講堂に明かりが灯る。
「午後は基礎魔力測定を行う」
エリュナの声が響く。
講堂の中央には、金属と魔石で構成された半球状の装置――魔力共鳴計が鎮座していた。
中枢は魔導炉と連結され、無数のコードと光脈が脈動している。
「触れた者の魔素流動を解析し、出力を数値化する。
簡単に言えば、魔力の“心電図”のようなものだ」
彼女の説明に、莉音がこっそり小声でつぶやく。
「つまり、魔法のドーピング検査……?」
いつもはボケ担当の美月が押され気味にツッコむ。
「ちょっと違うと思うよ……」
「――ただし、この装置は“嘘”をつかない」
その一言で、場の空気が一変した。
努力も学歴も懸ける思いも関係ない。数値がすべて。
最初は美月。
「見ててよお兄ちゃん、歴代最高の数値を叩き出して見せるから!」
どこから出てきているかもわからない自信を見せながら掌を当てると、青い光が柔らかく波打つ。
【基準値:152】 平均よりやや上。
「医療班としては上々ね。」
エリュナの声がほんの少し柔らいだが、美月は頬をふくらませる。
「一番反応に困るやつ~!」
続いて直人。
光は安定して、滑らかに脈打つ。
【基準値:208】 理論型らしい数値だ。
「理屈で構築するタイプ。精密な魔導士は貴重よ」
直人は無言で頷き、満足そうに端末へデータを転送した。
莉音。
激しい明滅が起き、会場がざわめいた。
【基準値:再測定】 ブレがすごすぎて基準を取れなかったらしい。
「え? これって追試!?」
ざわつく中、エリュナは小さく微笑んだ。
「波が読めないほど“自由”というのは、時に強さでもあるわ」
そしてアラン。
彼は異世界王国――アーヴェリスで正式に任官している魔法使い。
形式上の測定だろうに、場が自然と静まり返る。
彼が手を置いた瞬間、装置が低く唸った。
紅の光が弾け、計器の針が跳ね上がる。
【基準値:371】――限界超過。
誰もが息を呑む。
教官らの思惑は思い通り行ったようだ。
アランは黙って手を離す。
その顔にあったのは誇りでも驕りでもなく、静かな自信。
そして最後に、ユウ。
「……次、神名ユウ」
エリュナが名を呼ぶ。
ユウは息を整え、掌を装置へ。
「お兄ちゃんが私より強かったら嫌すぎる、雑魚であれ!」
「そ、そんな事言わないであげて、美月ちゃん……」
軽口に笑いが漏れる。
――その笑いが、次の瞬間、凍りついた。
装置に手を置く。
何も、起きない。
光も音も、ない。
「……え? ほんとに雑魚だった……?」
美月の声が無音の中で響く。
次の瞬間、低い唸りが響いた。
装置の奥で赤いランプが点滅し、警告音が短く鳴る。
空気が一瞬だけ、焼けたように熱を帯びた。
すぐに音は止んだが、計器の数値は――ゼロ。
「測定不能」
エリュナの声が、低く静まる。
彼女の瞳が、観察するように細められた。
「……あなた、生まれる世界を間違えたわね」
「……は?」
意味が分からず、ユウは固まる。
エリュナはそれ以上何も言わず、次の名を呼んだ。
午後の測定は予定より早く終わった。
霧が濃くなる夕暮れ、講堂を出たユウの前でアランが立ち止まる。
「……お前、何者だ?」
ユウは答えられなかった。
胸の奥に、まだあの装置の低い唸りが残っていた。
――まるで、何か別の“命”が、自分の中で目を覚まそうとしているような感覚だった。




