第一章:日常の終わり、異世界の始まり
「灯里、またそんな難しい本読んでるの? もうすぐ期末テストだよ?」
幼馴染の優香の声が、図書館の静寂をわずかに揺らす。私は、分厚いハードカバーのファンタジー小説から顔を上げ、少しだけ焦ったように微笑んだ。
「ごめん、ちょっと夢中になっちゃって。でも、ちゃんと勉強もしてるから大丈夫」
私が手にしていたのは、「七色の魔法と勇者の剣」最新刊。この作品は、私が最も愛する異世界ファンタジー小説であり、その緻密な世界観と魅力的な登場人物たちに、いつも心を奪われていた。
「灯里って、本当に小説オタクだよね。でも、その知識、いつか何かの役に立つかもよ?」
優香は、呆れたように笑いながら、そう言った。その言葉が、まさか現実になるとは、この時の私は想像もしていなかった。
家に帰り、夕食を済ませ、自室のベッドに潜り込むと、私は再び「七色の魔法と勇者の剣」を開いた。ページをめくるたびに、物語の世界が鮮やかに蘇り、私はまるで自分がその世界にいるかのような錯覚を覚えた。
「ああ、私もこの世界に行けたら……」
そんなことを呟いた瞬間、部屋全体が眩い光に包まれた。私は咄嗟に目を閉じ、身を守ろうとしたが、次の瞬間、意識は闇に飲み込まれた。
次に目を開けた時、そこはいつもの自室ではなく、鬱蒼とした木々が生い茂る森の中だった。高くそびえ立つ木々は、まるで巨人のように私を見下ろし、足元には湿った土と苔が広がっている。鳥のさえずり、風に揺れる葉のざわめき、そして、微かに聞こえる川のせせらぎ。五感を刺激する自然の音と香りに、私は自分がどこかに迷い込んでしまったことを悟った。
「まさか……本当に、あの小説の世界に……?」
胸騒ぎが止まらない。私は周囲を見回し、何か手がかりを探そうとした。すると、数メートル先に、倒れている人影を見つけた。
「誰かいる!」
慌てて駆け寄ると、それは少女だった。細身の体躯、透き通るような白い肌、そして、何よりも目を引くのは、その耳。長く尖った耳は、まさしくエルフそのものだった。
「嘘……でしょ?」
少女の姿を見た瞬間、私の脳裏に一つの可能性が浮かび上がった。ここは、私が愛読する小説「七色の魔法と勇者の剣」の世界なのではないか、と。そして、目の前の少女は、物語のヒロイン、エレナに違いない、と。
「エレナ……さん?」
震える声で呼びかけると、少女はゆっくりと瞼を開けた。翡翠色の瞳が、不安げに私を見つめる。
「あなたは……?」
掠れた声で問いかけるエレナに、私は自分が何者であるかを説明しようとしたが、言葉が出てこない。まさか、「小説オタクの女子高生です」なんて言えるわけがない。
「あ、あの……私は、灯里です。通りすがりの者で……」
咄嗟に出た言葉は、あまりにも平凡で嘘っぽかった。しかし、エレナは私の言葉を疑うことなく、弱々しく微笑んだ。
「灯里さん、ですか。ありがとうございます。助かりました」
その笑顔は、小説で読んだエレナそのもので、私は思わず息を呑んだ。まさか、本当に小説の世界に入り込んでしまうなんて。しかも、よりによって、魔王が復活して世界が危機に瀕しているこのタイミングで。
(どうしよう……私、どうすればいいの?)
心の声が頭の中で渦巻く。私はただの小説オタクで、剣も魔法も使えない。こんな状況で、一体何ができるというのだろうか。
「あの……エレナさん、一体何があったんですか?」
恐る恐る尋ねると、エレナは苦しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと語り始めた。
「魔物の襲撃に遭って……仲間とはぐれてしまったんです」
魔物、という言葉に、私の心臓が跳ね上がった。小説の中ではお馴染みの存在だが、現実となると話は別だ。私は恐怖で体が震えるのを必死に抑えながら、エレナの話に耳を傾けた。
エレナは、レオンたちと共に魔王討伐の旅に出ていたのだが、途中で強力な魔物に襲われ、仲間とはぐれてしまったらしい。幸い、怪我は軽傷で済んだものの、魔物の追跡を逃れるために、森の中を彷徨っていたのだという。
「レオンたちは……無事だろうか」
エレナは、遠くを見つめながら呟いた。その表情には、仲間を心配する気持ちと、自分を責める気持ちが入り混じっていた。
(レオン……まさか、あのレオンに会えるの?)
小説の主人公であるレオンは、私が最も憧れる存在だった。正義感が強く、仲間思いで、誰よりも強い。そんな彼に会えるかもしれないと思うと、胸が高鳴る。しかし、同時に、自分が彼らの足手まといになるのではないかという不安も押し寄せてきた。
「あの……私も、一緒に探しましょうか?」
勇気を振り絞って提案すると、エレナは驚いたように私を見つめた。
「え……?でも、灯里さんは……」
「私、少しだけ魔法が使えるんです。それに、道に迷わないように、地図も持っています」
咄嗟に出た嘘に、自分が一番驚いた。魔法なんて使えないし、地図も持っていない。でも、何か言わないと、エレナを一人にしてしまう。
「そうですか……。ありがとうございます、灯里さん。ご一緒させてください」
エレナは、私の言葉を信じてくれたようだ。その笑顔を見て、私は安堵すると同時に、嘘をついてしまったことへの罪悪感に苛まれた。
(ごめんね、エレナさん。でも、私、あなたたちと一緒にいたい。レオンに、会いたい)
心の声は、エゴと欲望に満ちていた。それでも、私はエレナと共に、レオンたちを探す旅に出ることを決意した。
森の中は、薄暗く、湿っていた。木々の間から差し込む陽光が、幻想的な光と影の模様を描き出している。足元には、木の根や岩がゴツゴツと突き出し、歩きにくい。それでも、エレナは時折立ち止まり、周囲の気配を確かめながら、慎重に進んでいく。
「この先に、魔物の巣があるかもしれない」
エレナが呟いた。その言葉に、私は背筋が凍りついた。魔物、それは小説の中だけの存在ではなかった。今、まさに、この森の中に、私を襲うかもしれない魔物が潜んでいるのだ。
「あの……エレナさん、魔物って、どんなのがいるんですか?」
震える声で尋ねると、エレナは少し考えてから、答えた。
「この辺りだと、ゴブリンやオーク、あとは、ワーウルフなんかがいるかもしれません」
ゴブリン、オーク、ワーウルフ……。どれも、小説の中ではお馴染みのモンスターだが、実際に遭遇することを考えると、恐怖で体が震える。
「あの……私、戦えないんですけど……」
正直に告白すると、エレナは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。私が守りますから」
その言葉に、私は少しだけ安心した。でも、エレナだって、怪我をしている身だ。私まで守ってもらうわけにはいかない。
(何か、私にできることはないのかな……?)
私は、自分の無力さを痛感しながら、周囲を見回した。すると、足元に、いくつかの薬草が生えているのが目に入った。
「これって……薬草ですか?」
尋ねると、エレナは頷いた。
「そうです。傷薬の材料になります」
薬草、それは小説の中では、回復アイテムの材料としてよく登場する。もしかしたら、私にも何かできることがあるかもしれない。
「あの……私、薬草に詳しいんです。少しだけ、手伝わせてもらってもいいですか?」
再び勇気を振り絞って提案すると、エレナは目を輝かせた。
「本当ですか?それは助かります!」
こうして、私はエレナと共に、薬草を採取しながら、レオンたちを探すことになった。
森の中を歩きながら、エレナは様々なことを教えてくれた。魔法のこと、魔物のこと、そして、レオンたちのこと。エレナの話を聞いていると、まるで自分が小説の世界に入り込んだかのような錯覚を覚える。
「レオンは、本当にすごいんです。誰よりも強くて、優しくて……」
エレナは、レオンのことを話す時、いつも嬉しそうな表情を浮かべる。その表情を見て、私はレオンに会いたいという気持ちが、さらに強くなった。
「レオン……どんな人なんだろう?早く会いたいな」
心の声は、期待と不安でいっぱいだった。私は、これから始まる冒険に、胸を高鳴らせながら、エレナと共に、森の奥へと足を踏み入れた。
「灯里さん、少し休憩しましょう」
エレナの言葉に、私はようやく緊張が解けたように、大きく息を吐いた。森の中は、思った以上に体力を消耗する。木の根や岩がゴツゴツと突き出し、足場も悪い。それでも、エレナは時折立ち止まり、周囲の気配を確かめながら、慎重に進んでいく。
「あの……エレナさん、レオンたちとは、いつ頃はぐれてしまったんですか?」
私は、休憩中にエレナに尋ねた。エレナは、少し悲しそうな表情を浮かべ、答えた。
「昨日の夕方です。突然、強力な魔物に襲われて……。私たちが応戦している間に、レオンたちが敵を引きつけてくれたんです。でも、その間に、私とはぐれてしまって……」
エレナの声は、少し震えていた。仲間を失った悲しみと、自分を責める気持ちが入り混じっているのだろう。
「そんな……。でも、きっと、レオンたちは無事ですよ。レオンは強いですし、きっと、すぐに合流できます」
私は、エレナを励ますように言った。でも、心の奥底では、不安が渦巻いていた。この世界は、私が知っている小説の世界とは違う。現実に魔物がいる世界で、何が起こるか分からない。
「そうだと、いいのですが……」
エレナは、そう呟くと、遠くを見つめた。その瞳には、不安と希望が入り混じっていた。
休憩を終え、私たちは再び歩き始めた。森の中は、ますます暗くなり、湿度が上がってきた。木々の間から差し込む陽光も、ほとんどなくなってしまった。
「そろそろ、日が暮れます。どこかで、野営の準備をしましょう」
エレナが言った。私は、頷き、周囲を見回した。すると、少し開けた場所を見つけた。そこは、木々に囲まれ、風をしのげる場所だった。
「あそこなら、大丈夫そうです」
私は、指を指して言った。エレナは、頷き、私たちは、開けた場所に到着し、野営の準備を始めた。エレナは、手慣れた様子で、枯れ枝や落ち葉を集め、焚き火の準備を始めた。私は、エレナの邪魔にならないように、周囲の薬草を採取したり、落ちている木の枝を集めたりした。
「灯里さん、薬草に詳しいんですね。助かります」
エレナは、私が採取した薬草を見て、そう言った。私は、少し得意げな気持ちになりながら、薬草の種類や効能について説明した。
「この薬草は、傷薬の材料になります。この薬草は、解熱作用があります。この薬草は……」
私は、小説で読んだ知識を総動員して、エレナに説明した。エレナは、私の説明を熱心に聞き、感心した様子で頷いていた。
「灯里さんの知識は、本当に素晴らしいですね。まるで、魔法薬師のようだわ」
エレナの言葉に、私は照れ笑いを浮かべた。まさか、小説オタクの知識が、こんなところで役に立つなんて。
焚き火の準備が終わり、私たちは火をつけた。パチパチと音を立てて燃える炎が、私たちの体を温める。私は、焚き火のそばに座り、エレナと話をした。
「エレナさん、レオンたちとは、どんな仲間なんですか?」
私は、尋ねた。エレナは、少し考えてから、答えた。
「レオンは、勇者の末裔で、本当に強いんです。誰よりも正義感が強く、仲間思いで……。私にとっては、憧れの存在です」
エレナは、レオンのことを話す時、いつも嬉しそうな表情を浮かべる。その表情を見て、私は、レオンに会いたいという気持ちが、さらに強くなった。
「他の仲間は?」
私が尋ねると、エレナは、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「他にも、たくさんの仲間がいます。騎士のガイアス、魔法使いのルナ、僧侶のミリア……。みんな、個性豊かで、頼りになる仲間たちです」
エレナは、仲間たちのことを話しながら、時折、遠くを見つめた。その瞳には、仲間を心配する気持ちと、早く合流したいという気持ちが溢れていた。
夜が更け、私たちは交代で夜警をすることにした。私は、エレナが寝ている間、焚き火のそばで夜空を見上げた。満天の星空が、都会では見ることのできない美しさで輝いていた。
(本当に、私は、この世界にいるんだ……)
私は、改めて、自分が異世界にいることを実感した。それは、まるで夢を見ているかのような、不思議な感覚だった。
夜警を終え、私はエレナと交代した。エレナは、すぐに眠りについた。私は、エレナの寝顔を見ながら、明日のことを考えた。
(明日こそ、レオンたちに会えるだろうか……?)
私は、期待と不安を胸に、眠りについた。
翌朝、私たちは、再びレオンたちを探す旅に出た。エレナは、昨日よりも元気そうで、私も少し安心した。
「灯里さん、今日は、昨日よりも早く、レオンたちに合流できると思います」
エレナは、そう言いながら、笑顔を見せた。私は、頷き、エレナと共に、森の奥へと足を踏み入れた。
私たちは、森の中を慎重に進んでいった。エレナは、時折、立ち止まり、周囲の気配を確かめながら、慎重に進んでいく。
「この先に、魔物の巣があるかもしれない」
エレナが呟いた。その言葉に、私は背筋が凍りついた。魔物、それは小説の中だけの存在ではなかった。今、まさに、この森の中に、私を襲うかもしれない魔物が潜んでいるのだ。
「あの……エレナさん、魔物って、どんなのがいるんですか?」
震える声で尋ねると、エレナは少し考えてから、答えた。
「この辺りだと、ゴブリンやオーク、あとは、ワーウルフなんかがいるかもしれません」
ゴブリン、オーク、ワーウルフ……。どれも、小説の中ではお馴染みのモンスターだが、実際に遭遇することを考えると、恐怖で体が震える。
「あの……私、戦えないんですけど……」
正直に告白すると、エレナは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。私が守りますから」
その言葉に、私は少しだけ安心した。でも、エレナだって、怪我をしている身だ。私まで守ってもらうわけにはいかない。
(何か、私にできることはないのかな……?)
私は、自分の無力さを痛感しながら、周囲を見回した。すると、足元に、いくつかの薬草が生えているのが目に入った。
「これって……薬草ですか?」
尋ねると、エレナは頷いた。
「そうです。傷薬の材料になります」
薬草、それは小説の中では、回復アイテムの材料としてよく登場する。もしかしたら、私にも何かできることがあるかもしれない。
「あの……私、薬草に詳しいんです。少しだけ、手伝わせてもらってもいいですか?」
再び勇気を振り絞って提案すると、エレナは目を輝かせた。
「本当ですか?それは助かります!」
こうして、私はエレナと共に、薬草を採取しながら、レオンたちを探すことになった。
森の中を歩きながら、エレナは様々なことを教えてくれた。魔法のこと、魔物のこと、そして、レオンたちのこと。エレナの話を聞いていると、まるで自分が小説の世界に入り込んだかのような錯覚を覚える。
「レオンは、本当にすごいんです。誰よりも強くて、優しくて……」
エレナは、レオンのことを話す時、いつも嬉しそうな表情を浮かべる。その表情を見て、私はレオンに会いたいという気持ちが、さらに強くなった。
(レオン……どんな人なんだろう?早く会いたいな)
心の声は、期待と不安でいっぱいだった。私は、これから始まる冒険に、胸を高鳴らせながら、エレナと共に、森の奥へと足を踏み入れた。
その時、私たちは、遠くから聞こえる、金属がぶつかり合う音に気づいた。
「この音は……!」
エレナは、顔色を変え、音のする方へと走り出した。私も、エレナの後を追いかけた。
音のする場所に近づくと、そこは、開けた場所だった。そこでは、レオンたちが、数匹のゴブリンと戦っていた。
「レオン!」
エレナは、叫びながら、レオンたちの方へと駆け出した。私も、その後を追いかけた。
レオンたちは、エレナの姿を見ると、安堵の表情を浮かべた。しかし、すぐに、私たちの後ろに、さらなるゴブリンの群れが現れた。
「まずい!」
レオンは、叫びながら、私たちの方へと駆け寄ってきた。
「灯里さん、エレナ、後ろに下がって!」
レオンは、私たちを守るように、剣を構えた。私は、恐怖で体が震えるのを必死に抑えながら、レオンたちの戦いを見つめた。
レオンは、ゴブリンたちを相手に、見事な剣技を披露した。その動きは、まるで踊っているかのように美しく、そして、力強かった。
エレナも、魔法を使い、ゴブリンたちを攻撃した。その魔法は、炎や氷、雷など、様々な属性を持ち、ゴブリンたちを次々と倒していった。
私は、レオンとエレナの戦いを見ながら、自分の無力さを痛感した。私は、ただの小説オタクで、剣も魔法も使えない。こんな状況で、一体何ができるというのだろうか。
しかし、その時、私は、あることに気づいた。ゴブリンたちは、レオンやエレナの攻撃を避けながら、私たちのいる方向へと近づいてきている。
(まさか……!)
私は、ゴブリンたちの狙いが、私たちであることを悟った。ゴブリンたちは、レオンやエレナを倒すよりも、私たちを人質にした方が、有利だと考えたのだ。
「レオン!エレナ!後ろ!」
私は、叫んだ。レオンとエレナは、私の声を聞き、すぐに後ろを振り返った。しかし、その時、ゴブリンたちの攻撃が、私たちに迫っていた。
「灯里さん!」
エレナは、叫びながら、私を庇おうとした。しかし、間に合わない。
私は、迫り来るゴブリンたちの攻撃に、目を閉じた。
その時、私の目の前に、眩い光が広がった。
(続く)