レストラン
順平は博物館の近くにあるレストランの2階から階下を往来する人々を眺めていた。
最初に目に入ったのは年老いた夫婦。おそらく定年退職して夫婦の時間を楽しんでショッピングにでも来たのだろうか、それとも、孫へのプレゼントを買いに来たのだろうか、食事に来ただけなのか、ただ会話もせず黙々と歩いていた。
その二人を抜いて、学生風の男三人が抜いていく。
ジェスチャーを交えながら一人の男が喋り、二人の男は“うそだろう“という顔をしていた。
きっとナンパの自慢でもしているのだろう。
反対側から歩いてきたのは中年のサラリーマンと制服を着た若いOL、制服にしてはスカートの丈が短く、膝上15センチはありそうだ。
あの会社だったら毎日が楽しく仕事できそうな制服である。
OLは男の話の途中で相槌を入れている。
不倫でもなさそうだから、昼食の買出しにでも来たのだろう。
その後ろを若いカップルが手をつないで歩いてきた。
私たち大恋愛中ですとはっきり分かるくらい、二人とも輝いていた。
自分にもあんな時代があったことを思い出した。
高校生の頃、悪友グループと帰りの電車の中で女性のランク付けをしていた。
ある時、部活―――高校の時は補欠だが野球部に属していた―――が中止になり、久々に授業が終わると同時に下校した時、ある女性を見かけた。
同じ高校ではなかったが、友人の「Aの下」「うそだろう、Bの中だよ」と言う声の中で俺は「Aの上―――雲の上の夢の人」と言った。
それからだ、部活をサボるようになったのは、しかも悪友を誘って、悪友なのは俺のほうだった。
女は男を駄目にするか―――御意―――しかし幸せにしてくれる。たとえ付き合っていなくても。
驚いたことに、クラスに二人しか居ない女生徒の一人が彼女と中学の時同級生だった。
俺は「彼女の同意を貰って電話番号を教えてくれ」と女生徒に頼み込んだ。
俺は女生徒を通じて、両親が電話に出ないように7時に電話する事を伝えて、やっとデートまでたどり着いた。
彼女の名前は安田―――やすだ、うーン やすだ・・・下の名前は思い出せなかった。
もうそんなに過去のことだろうか?街ですれ違っても分からないのだろうか?
最初のデートは近くの小さな遊園地だった。
寒さに震えながらジェットコースターに乗り、誰も乗らないボートを漕いで、怖がることを期待して少し揺らしたりもした。
公園を二人で手をつないで歩き回った。そ
の風景を見ていた中年の人は今の俺みたいに輝きを感じていたことだろう。―――まぶしいほどに。
田舎で育ったせいかもしれないが、当時は手をつないで満足だった。
キスしたり、抱いたりする事なんて考えもしなかった。
でも、この幸せも長続きはしなかった。
彼女が転校。僅か3ヶ月の冬の思い出。せめて、夏を一緒にすごしたかった。
次が女房。その間も色々有ったが、今考えると輝いてはいなかったように思う。
女房とは学生の頃知り合った。学生運動―――当時は誰も見向きもしなかったが―――デモでスクラムを組んだのが彼女だった。
正直言ってデモに意味はなかった。何か大きな権力に対抗したかっただけである。
きっかけは、彼女が居たこと。
まるで“いちご白書”の映画みたいだが、映画と違うのは最後まで活動に意味を持たなかった。
学生のほとんどが“スリーエス“―――スタディー・スポーツ・セックス―――を謳歌している時代でもあった。
女房とは良く議論した。
「政府が悪い」という彼女に、「悪いのはわかった。で、どうしたら良い?」と聞くと、大抵の人は納得できる答えが返ってこない。野党と同じだ。
悪いことは分かっているが解決策が出てこない自分への苛立ち。
もちろん理想論はあるが現実的ではないことも分かっている。
女房と逢ったのは二人ともそんな時期だった。
彼女は何かにしがみついた。俺はしがみつくものも見つけられなかった。
俺が見つけたのは女房だけ―――彼女は輝いていた。一緒に居る俺も輝いていた。
―――でも今は居ない。
新婚とはとてもいえない時期になると、輝いていた自分が懐かしく思う。
仕事も順調に運び、上司からも信頼され、家庭内にも何も問題が無いのに、若いときの輝きが無い自分に気づく。
初めてのデートのときのドキドキ感がまったく無い自分に気づく。
ドキドキ感イコール青春―――満足できない青春を送ったせいなのか、もう一度あの輝いた青春を感じたい。
それが若い女性への憧れとなり、最終的にはセクハラとなってしまった。
麻衣子―――セクハラした女性の名前―――彼女と輝いた時期も有った。
青春を取り戻した時期が確かにあった。
一緒に映画を観て、街を、公園を歩き回った。美術館へも行った。
人が少なくなると手をつないで歩いた。たいへん賢い娘で、純粋な女性だった。
あの日、残業で遅くなった日、彼女も偶然遅くなり二人きりになってしまった。
まったくの偶然だが―――いや偶然ではなかったかもしれない。
確かに仕事は溜まっていたけれど、帰ろうと思えば帰れた。
ただ彼女が残っていたから残業した。
気がつくと二人きりになってしまったのは予想外だった。
麻衣子は二人きりになることに抵抗は無かったのだろうか?
同僚が「私、帰るけど一緒に帰らない」という言葉に麻衣子は「もう少しで終わるけど先に帰っていて」と答えた。
同僚の女性は「先に着替えているね」という言葉までは聞こえたが、9時のチャイムの音に周りを見渡すと、二人きりだった。
今までも他の女性と二人で残業したことも幾度と無くあったが、間違いを起こしたことはないし、考えもしなかった。
単に相手の女性に興味が無かっただけかもしれない。
俺の仕事は一段落したが、女性を独り置いて「お先に」と言って先に帰るわけにもいかなかった。
俺は麻衣子の仕事がどれくらい残っているか、手伝ったら一緒に帰れるか、うまくすると残業後の食事を一緒に出来るかなという期待も有り、俺に背を向けて仕事をしている麻衣子に忍び寄った。
「わっっ」俺は声と同時に両手で彼女の肩に手を置いた。麻衣子は予想以上に反応が早く、予想以上にびっくりした。
「驚かせないでください」彼女はそう言いながら振り向いた。
そのとき彼女の胸に肩から下ろしかけていた俺の手が触れた。
柔らかな感触。これぞまさしく女性の感触。
女房と違う、忘れていた女性の感触。
麻衣子は何事も無かったように、胸が触れた事は気付いているのだろうが、「もう、お仕事は終わったんですか」と言いながら背を向け腰掛けた。
俺は「とりあえず」と答えて、「手伝おうか」と聞いた。
「じゃぁ、これの合計を出して」と言って一枚の紙を渡された。
そこには6桁の数字が50個ほど並んでいた。俺は電卓を取り出し彼女の横に座って計算を始めた。
一回目の計算が終わり、確認のためもう一回計算をしたが、一回目の合計とは無関係な数字が並んでいた。
俺は「もう一回かぁ」と言いながら再度電卓をたたき始めた。
3回目の合計も違っていた。一回目の合計に似てはいるけど4回目をすることになってしまった。
彼女はそれに気付いて「ちょっと貸して」と言い、俺から紙を取り上げると、すごいスピードで計算した。
電卓をたたいている彼女の指は、まるでピアニストの指の動きに似て美しかった。
あっという間に計算を終えると、俺の一回目の数字とぴったりあっていた。
「俺は邪魔しているみたいだな」と言って立ち上がり、彼女の後ろに立ち、「肩でもお揉みしましょうか」と言って、麻衣子の両肩に手を置いた。
彼女は何にも反応せず黙々と電卓をたたき仕事を続けた。
俺は力を入れないようにして彼女の肩を揉んだ。
揉むというより撫でたという表現が正しい。
仕事の邪魔をしないように麻衣子の感触を楽しんでいた。
俺は自分自身セクハラだと認識していたが、麻衣子が抵抗しないのでもしかしたら彼女も望んでいるかもしれないと自分に期待を持たせた。
麻衣子が突然「もう一枚でおわるぅ」と言って両腕を万歳するように上げた。
その時俺の手は方から滑り落ちて彼女の胸で止まった。
柔らかい胸の膨らみを手のひらで感じていた。
彼女は気にせず最後の一枚を取り出し計算を始めたが、電卓をはじく音は明らかに遅かった。
俺は手を引っ込めもせず胸の膨らみを覆っていた。
俺の心臓はシーンとした事務所中を埋め尽くすように鼓動を響かせていたように思えた。
麻衣子は計算を終えてもじっと動かずに座ったままで居た。
彼女は何を考えているのだろう。楽しんでいる?―――驚いて身動きできない状態?―――怒りで動けない?―――恐怖?
俺は手を胸から肩へゆっくりと滑らせながら上げていった。
麻衣子は計算し終わった紙をひとつにまとめて束にし始めた。
俺は左手で首筋や耳を撫でた。
右手は襟元から侵入しブラの紐を伝わって乳房に達したが、彼女は抵抗する様子はなかった。
乳首を摘む。麻衣子の束ねる作業が止まった。
麻衣子は明らかに感じていた。
俺はそれに気付くと麻衣子が喜んでいると勘違いした。
麻衣子は逆にそれに気付くと束ねる作業を始めた。
きっと感じたらいけないという意識が働いたのだろう。
俺は手を引っ込めて彼女から離れた。麻衣子は書類の整理が終わると立ち上がり、「着替えてくるね」と言って更衣室に入っていった。
俺は窓から夜景を眺めていた。
遠くでネオンが瞬きをしてその下を大勢の人が蠢いていた。
その場所を遠くはなれた事務所の中にはざわめきや罵声さえも聞こえてこなかった。
頭の中でサイモンとガーファンクルの“サウンド オブ サイレンス”の曲が流れていた。
まだ心臓は高鳴っており麻衣子に対して悪い事をしたかも知れないという罪の意識と、青春を取り戻したような高揚感が入り交ざって沈黙の中でネオンを見つめていた。
「綺麗ね」横に麻衣子が立っていた。
俺は麻衣子が怒っていないと分かると麻衣子を引き寄せて抱きしめた。
麻衣子は抵抗した。しかし、あきらめたのか抱き返すことはせずただ抱かれていた。
そして隙を見て離れていった。
10時のチャイムが沈黙を破り事務所内にこだました。
麻衣子は俺から一メートルの所まで近づき「8時ごろ遅くなるって家に電話したときに、兄が10時に迎えに来るって言って たの。もう下に居るかもしれないから」
俺は出口まで送った。
麻衣子は「手伝ってくれてありがとう」と言って出て行った。
俺はすぐ帰る気にはなれず窓から下を見ていた。
下には1台の車が止まっていた。
麻衣子がビルから出てきて、手を振るような仕草をして車に乗り込んだ。
俺は車が見えなくなるまで目で後を追って、見えなくなるとネオンを見て、最高の1時間の余韻に浸っていた。
「手伝ってくれてありがとう」と言った麻衣子の笑顔が頭から離れなかった。
チャイムが鳴った。11時だ―――そろそろ帰らないと電車がなくなる時間なので戸締りをして事務所を後にした。
翌日、彼女は休みだった。
風邪らしいのだが俺は不安だった。
昨日のことが原因か、もしそうだとしたらなんと言って謝ればいいのだろうか。
好きな人を傷つけたのだろうか?その日はその事ばかり考えて仕事が手につかなかった。
しかし表面上は平静を装い続けたが、これが何と辛いことか。
電話番号を知っていればすぐにでも電話して気持ちを確認したかった。
はっきりしたのは翌日だった。
「おはよう」と明るく挨拶したが、聞こえない振りをされて完全に無視された。
午前中は居ても立ってもいられなかったが、どうすることも出来ず午前中が過ぎていった。
同僚と食事に出ても食べる気にならなかったが、平静を装うために軽い食事を選択して、気付かれないように努力した。
食事から帰ると机の端に誰も分からないような所にメモがおいてあり、<二度と話しかけないでください>と無記名で置いてあった。
彼女を傷つけたことがはっきり分かると自責の念が押し寄せてきた。
彼女を傷つけてしまった―――彼女を傷つけてしまった―――彼女を傷つけてしまった―――
最悪の3日間を消化して課長に呼び出された。
「何の話か分かるかね」だだっ広い応接室で課長と二人きりだ。
課長はタバコの箱をもてあそびながらどう切り出したら良いか迷っている様子だった。
課長にしても初めての問題で経験も無く教育も受けていなかったから当然であった。
「はい、分かっています。―――申し訳ありません」
「認めるのか」課長はタバコを取り出して火をつけた。
「はい」俺はそれだけしか答えられなかった。
「追って処分を決める。良いか」
「はい、ご迷惑をお掛けします」
課長は火を点けたばかりのタバコをもみ消して出て行った。
その時少し気が晴れた。
今こうして街行く人を眺めながら思い出しても自責の念に駆られ、息が苦しくなり心が沈んでしまい、辛い日々が戻ってくる。
一方では、自責の念に駆られるのは自分を守る為だという事も分かっている。
“苦しんでいるから許して欲しい”と思っている自分がいる。後悔してることで俺は悪い人間じゃないと思いたい自分がいる。
「二十歳過ぎているなら嫌なら嫌と言えば被害にあうことも無いのに」と他人事だったら言えるが、いざ、自分の事となると話が変わってくる。なぜなら―――俺は彼女知っているから。
好きだったから。
女房と別れる気も無いのに、だから彼女にも好きと言えなかった。
人を好きになることは間違いだとは思わないし、コントロールできる事でもないが、当時は仕事を含めて全てが順調で、調子に乗っていた。得意になって分別を他所に追いやっていた。
いったい何人の女性を傷つけたのだろう。
入社してから十数年の間に、5人か、もしくは6人の女性か―――俺の意識していない所でもっといたかも知れない。
辞表を出しても引継ぎの関係で1ヶ月は勤務した。
重苦しい雰囲気の中で―――俺だけが重苦しいと思っていたわけで、ほかの人は普通に仕事していた。
―――と思う。
俺の後釜には若い結婚したばかりの男が転勤してやってきた。
単身赴任だった。
家の都合で単身赴任するしかなかったそうだが、彼にも悪いことをした、迷惑を掛けたと思っている。
彼が転勤した後を引き継いだ人も仕事が増えて大変だという噂も聞いた。
会社に迷惑を掛けたのはあまり気にしていないが、人に迷惑を掛けたことには謝りきれない自責の念に駆られる。しかも、正直に当人に謝れないのが辛かった。
後でよく考えてみると、二十歳そこそこの可愛い女の娘が、40を前にした既婚者に魅かれるはずがない。テレビドラマじゃあるまいし。
昔、喫茶店である風景を見た。
OL風の女性が何かの雑誌を読んでいる最中に隣の中年男性が―――男の俺が見てあまり魅力的で無い男性が、なにやら話しかけている。遠いので声は聞こえないが、女性はニコニコと対応していた。
表面的には何も迷惑そうな顔をしていないが、本当に迷惑じゃなかったのか疑問だ。
彩美さんだって俺に気がありそうだけど、俺の独りよがりだ。楽しそうに会話してくれるけど、実際はどうなのか分からない。
下を歩いている女性の中で、何でこの人と一緒に歩かないといけないのと思いながらニコニコして会話している女性が何人いるだろう。
順平はその様なことを考えながら往来する人々を眺めていたら、紗枝が走ってくるのが見えた。
順平はウエイトレスを呼んだ。
紗枝はなかなか来なかった。このビルに入ってエスカレーターに乗って、たとえ階段を使ったにしても3階まで上がってくるのに5分は掛からないはずなのに、もう10分は過ぎている。
何回か一緒に来たレストランだから場所を知らないはずはないし、見回しても紗枝の姿は無かった。
店内を見回していると、若い女性・・・それも超グラマーな女性が順平に近づき
「私の体に興味がある?」と聞いてきた。
「もちろん有るよ」と答えると
バチッ 平手打ちが飛んできた。
順平は唖然としていたら、女性が睨み付けながら、
「失礼な人ね」
「それなら聞くなよ」順平は唖然としながら言い返した。
その時、紗枝が入ってきた。グラマーな女性は何か訳のわからい言葉を残して出て行った。
「知り合いなの?」
「謎の女性」
「ゴメン待たせたね。ちょっと焦らせたほうが印象に残るから」と言って腰掛けた。
「俺に印象付けても意味無いだろう」
「冗談よ。携帯が鳴っちゃてね、つい長電話を」
「どうだった」と順平が聞いたときにウエイトレスがレモンスカッシュを持ってきた。
「階段を駆け上がった後ののどの渇きにと思って」
「ワォー、ありがとう―――でも、今飲んできたばっかりなの」
「小さな親切大きなお世話ってやつだね」
「ゴメンね、気持ちだけ頂くわ。おなかを満たしてから頂くわ」
順平と紗枝はメニューを見始めた。
紗枝は「何も言わないでレスカを飲んだほうが良かった?ゴメンね。
私こういう性格だから」順平はウゥーンと唸って
「複雑だよなぁ。良かれと思ってしたことだけど、的が外れてると知るのは嫌だし、だからと言って無理して飲んでもらうのも嫌だし」
順平はメニューを見るのを止めていろんなパターンを考えて何がお互いに傷つかないか想像してみた。
「そうだねェー、『今飲んできたから』と言って、少し飲んで、『フゥー、落ち着いた』
と言って貰えるのが一番良いかな」
「今後のために聞いておきたかったの。私はストレートすぎるから」
「それより、あっちはどうだったの」
「あっちって?冗談よ。彩ちゃんは―――」
紗枝はそう言った後で言葉を詰まらせてしまった。なんて言えば良いのか、テレパシーの事を伝えるべきか、心配させないように大丈夫と言っておくべきか。
彩美はどうだろう?知られたくないはずだから―――取り敢えずレスカを飲んだ。
順平はストレートな紗枝が言葉を詰まらせたことにまずい事態になっていると思って聞いた。
「姉さんが言葉を詰まらせるって、よっぽどまずい状況なの?」
「ゴメン違うの。あの後ろの中年の男性が目に入って、さっき、携帯で話した仕事の電話が気になったの―――何か変だったから」
紗枝は急に吐いた嘘がわざとらしかったかなと思いながら聞き返した。
「彩ちゃんは大丈夫だけど、何を聞きたいの?」
順平はその質問に困った。本当は、俺をどう思っているか?と素直に聞きたかったが、「先に食事を注文しよう」と言ってその場を逃げてしまった。
紗枝は順平の気持ちを読んでいた。
あまり虐めるのは可哀想だなと思い「私はサンドイッチね、レスカに合うから。順ちゃんは今、食事どころじゃないから軽くサンドイッチといきたいけど、夜勤があるからローストチキンとライス大盛り、かな?」
「俺は夜勤無いから、同じでいい」
紗枝はウエイターを呼んで注文した。
「サンドイッチとローストチキンセットでお願い」ウエイターが立ち去った後に紗枝が言った。
「あなたみたいな体格の男性がサンドイッチで体力が持つわけが無いでしょう。
それに、ローストチキンは大好物でしょ。レスカのお礼ね。小さな親切大きなお世話も時には必要だし、それともかなりの心配事でもあるの?」
「女性を置いて一人で帰るなんて、男の風上のも置けないよね。それが気になって―――彩美さん怒っているよね。とんでもない男だって思っているよね」
「その話は聞いていないんだけど、喧嘩して彩ちゃんを置いて帰っちゃったの?」
「彩美さんと何の話をしていたの?」
「女同士のくだらないお喋りよ」
紗枝は順平が彩美の呼び方を“彩ちゃん”から“彩美さん”に変わった事に順平のまじめな思いを感じた。
「順ちゃんのこと悩んでいるみたいよ。彩ちゃんは受身の性格だから自分からは言い出せないけど、待つのも嫌だから―――と言うより、本来は受身なんだけど、受身が嫌で積極的に成ろうと自分を改造しようとして心の葛藤に苦しんでいるみたい。
昔だったら受身で当然だったけど、今や女性も自立する時代だから、恋愛に関しても積極的になろうとしてなれない自分が悔しいんじゃないの
女性の二人連れが出て行った。
順平は紗枝の話を遮って、出て行く女性を指差して。
「あの二人の女性は注文が終わると、一人の女性に携帯電話が鳴って話し始めるが終わる様子も無く、注文の品が届いてもまだ話中でね、ついに片方の女性にも電話が掛かり、お互いに電話をしていたよ。最初の女性の電話が終わっても片方の女性は話中で結局、二人は一言もしゃべらずに喫茶店から出て行ったよ」
紗枝は「よく見かける光景よ」と言い
「話を戻すけど、世の中には三種類の人間が居ると思うの。他人の不幸を平気で見過ごせられる人。―――何とかしたいが出来ない自分にもどかしさを感じる人。―――すぐ行動に移せる人。例えば火事で例をとると、火事を鑑賞できる人。手伝いたいが訓練を受けていないし、身の危険を感じてどうにも出来ない人。消防士が危険だから下がってというのを無視して手伝える人。一番目の人は少ないと思う。詐欺師や、よその国の子供たちのために自国民の命を危険にさらすのを反対する人。彩ちゃんもすぐ行動できる人になりたがってるのよ」
「俺も姉さんみたいにすぐ行動したい」
「食事が終わったら病院に付き合うかな」
「病院?」
「すぐに行動よ」
「悪いけど、俺は悪友4人組と約束だ。食事が終わったら行くよ」
「大学からの五人組?」
「実際は男二人、女二人の四人組に俺がゲスト。四人組になった理由を話したっけ?」
紗枝は首を横に振った。
「大学の自己紹介の時に名前で運命は決まった。春樹・夏美・千秋・冬彦・・・四季が集まったと冗談で蔓んでいた。
そして一週間後の出来事」
順平はニヤリとして続けた。
「春樹が千秋を映画に誘ったことから運命が固まった。
千秋は『冬彦さんが行くなら』と言った。
冬彦は『夏美が行くなら』と言い。
夏美は『春樹が行くから行く』と言った。
完璧な四角関係が出来上がり、しかも誰一人も気変わりせず、妥協もせず、十年近く未だに四角関係を保って、全員が片思いを続けている
と言うわけだ。俺はただ四角関係の中心にいるだけ。調停役かもしれない。」
ここまで話したときに、料理が運ばれてきた。