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美術館2

セックスしようか」

思わず出た言葉に彩美はうろたえた。何言ってるのかしら、なぜ思ってもいないこんな言葉が出たんだろう。順平さんが本気で考えるとは思わないけど、本気になったらどうしよう。と思いながら順平を恐る恐る覗き込んだ。

順平はもっとうろたえていた。目の焦点は定まらず、口をぽかんとあけ、哀れな感じさえした。なんだ、順平さんって口では強気の発言しているけど、実際に自分の身に降りかかると弱いんだ。彩美はそう思い、順平に勝ったような気がしてきた。彩美はさらに追い討ちを掛けることに決めた。

「今日は安全日だから」彩美は恥ずかしそうに俯きながら言った。

順平はゴクンと唾を飲み込んだが、まだ、彩美の言葉から抜け出せなかった。

順平の頭の中は大混乱していた。俺も抱きたい、でも、女房への未練がまだたっぷり有る。抱いた後の彩美さんとの関係はどうなるんだろう。傷つかないだろうか?それより、彩美さんをよろこばせることが出来るだろうか?あの唇に触れてみたい。

順平の心は、葛藤していた。

彩美は本気になったらまずいと思い、からかうのをやめた。

「いいのよ、今の言葉忘れて。本気じゃないから」

「ゴメン、もう日記につけたから」そう言うのがやっとだった。

彩美は勝ち誇って最高の気分だった。くちばっかりの順平さんをやっつけた。ここの喫茶店代ぐらいおごってあげようかしら、とまで思っていた。

順平の心臓は全力で脈を打っており、脈拍は今や120まで上がり、ぬるくなった水を一気に飲んでもまだ治まらなかった。彩美に水が欲しいことを告げ、彩美のコップに手を伸ばして、ふと彩美の顔を覗くと、恥ずかしそうにしているはずの彩美の顔がなぜかニコニコしているのに気づいた。

なぜニコニコしてるんだろう。言ったことを後悔してないのだろうか?まさか本気?本気だったら、俺から口説かないといけないのだろうか?それとも、からかっただけ?でも、彩美さんは俺と違い、人をからかうような女性じゃなさそうだし。

順平は水の入ったコップを取るのを止めて、彩美の手を握った。彩美の手は素早く引っ込められた。その速さは手を握られたと言うより、触れただけの感触であった。彩美は手をテーブルの下で組み、俯いてしまった。

順平は、その素早さに驚き、手に触れるべきじゃなかったと後悔した。さらに追い討ちを掛けたのは、俯いた彩美の顔を見たときである。悲しませてしまったと思った。なんて馬鹿なことをしたのだろう―――傷つけたのではないか。もしかしたらこのまま帰られてしまったらどうしよう。もっと一緒に居たいのに。でも、手を握ろうとしただけじゃないか。そんなにひどい事をしたわけじゃない。彩美さんが小学生なら別だけど、でも、もしかしたら傷つけたのかもしれない。―――でもそうさせたのは彼女の一言だ―――だからといって傷つけていいわけではない。

順平の心臓と脳はフル回転になっていた。最終的に出た結論は、これくらいで傷つくはずはないと言う期待だった。

「ゴメン」とりあえず謝っておいた。

彩美の勝ち誇った気持ちは一瞬で消えた。あの言葉のせいで、もしかしたら順平さんとならいいかもと思っていたのかしら。でも、手を引っ込めたのはなぜ?本気になられたらどうしよう。やっちゃおうかな。

そう考えていたときに『ゴメン』という言葉が聞こえてきた。

彩美は俯いていた顔を上げた。

「いいのよ、最初に言ったのはわたしだし、わたしこそごめんなさい」

順平はホッとしたが、ニコニコして輝いていた彼女の顔はそこに無く、俯いた彩美がいた。

「怒らせたり、悲しませたりしてゴメン。さっきまでニコニコしていたのに、悪かった」

彩美は顔を上げた。なぜニコニコしていたか言ってしまおうかしら、勝った、負けた、なんて事を意識していたなんて馬鹿みたい。でもなぜか順平さんには負けたくないと思ってしまう。他の人なら、フ―ンそうなんだ―――とか違うんじゃないのと素直に思えるけど、なぜか反論して、先ほどみたいに落ち込ませてみたいという気持ちがわいてくるのは―――きっとわたしの所為じゃなくて、順平さんの性格がそうさせているのね。そう言えば紗枝さんも言っていたっけ『順平さんをやっつけると面白い』って―――でも今わたしは負けている状況かな―――本心を言っちゃえ

紗枝は本心を言うことにした。

「なぜニコニコしてかって言うとね、順平さんがうな垂れているところをみて、勝ったと思ったの、確かに、議論の内容で勝った訳じゃないけど、うな垂れているところを見たら、なんだか、胸がスーとしちゃって、とても気持ちよくなって、ニコニコしていたわけ―――どう?納得した?」

「納得。女房も俺が失敗したり、あわてたり、水掛けられたりしたら喜んでいた。俺は女房がそうなっても喜ばなかったけど、俺のときは喜んでいたよ。もしかして、俺が完璧だからかなぁ?」

「もう立ち直ってる―――そこが欠点なのか、取柄なのか、変な人」

「勝ちたかったら、手を引っ込めないで、『だめよ!』と言って手をぱちんと叩く位の事をしたら、そうしたら君が勝ったままだったと思うよ」

「計画的じゃないから、そんな事できる訳が無いじゃない。手を引っ込めたのも、あまりにもとっさのことで意識外のことだし、これがわたしだから」

順平は「勝ちたかったら性格変えなきゃ、今の風潮は、都合が悪いと、自分を変えないで周りを変えようとする。例えば、子供がはしゃいでいたとする。注意して子供を変えるんじゃなくて、自分が場所を替わればいい事だし、子供は元気があっていいなって考えを変えれば済むことなのに、自分を変えようとはしない。電車の中で喋っている人は別に仕方ないと思っても、携帯電話と喋っている人はたとえ小さな声でも気にかかる。もちろん心臓ペースメーカーの問題は別として、多少は我慢しろって言いたくない?携帯電話で楽しそうに話している人に『楽しそうでいいね』ってなぜ思ってくれないの。

むかつく相手を変えるより、むかつかない自分にしようよ。

確かに今までに女性は、セクハラとか、夫の暴力とか、我慢しなくてもよい所で我慢させられていたから、これらは我慢しなくていいけど、他人の幸せのためなら少しは我慢しても良いと思わない?本音で話をすると、男性は変な、不自然な強要を受けている。男が女性を求めるのは当然の事で、女性もそれを当然のこととして認めて欲しい。

机に現金が置いてある。当然だけど取ったら犯罪で間違いなし、現金を置いた人は犯罪じゃないけど、男は取るものだと思って欲しい。」

順平は支離滅裂さに気づき、沈黙が続いた。

「近いうちに、別れた女房と会うことになっている。再婚するかもしれないからその相談だってサ」長い沈黙の後、順平が切り出した。

「で、どうするの?」

「会うさ、どんな男か確かめてやる」

「で、いい男だったら?――――― いい男というのは、奥さんを幸せにしてくれそうないい男という意味よ」

「彼女が幸せになれるんだったら口の出しようが無いじゃないか」

「あのねー、私会ったこと無いけど奥さんは二十歳過ぎているわね。決断できる年齢よね。離婚だって自分で決断したんでしょう。なぜ相談する必要が―――」

順平が彩美の言葉を遮った。

「昔から―――――」

こん度は彩美が遮った。

「奥さんはよりを戻したいじゃないの。『そんな男やめろ』そう言って欲しいのよ。そうでなかったら、相談する必要も無く、さっさと再婚しているわ。相談する必要がほかにある?子供がいれば相談するでしょうけど、子供はいないんでしょう?」

順平は、「もし、金持ちで、ハンサムで、優しくて、包容力があって、セックスも抜群に上手くて、さらにお互いに愛し合っていたら?」

「それだけ? 順平さんが恐れているのはそれだけ?」

順平は右手で頭をコツコツ叩きながら考えて、

「しかも、絶対に浮気はしない男」と言った。

「結論が出たわ。――――『そんなつまらない男はやめて、俺とやり直そう』って言うの。そして、―――その男をわたしに紹介して」

「まさか、奥さんから離婚を言い渡されたときに『君が幸せになれるならいいよ』なんて言ってないわね。」

順平は両腕で頭を抱えた。

「あきれた人」

「俺はその頃、自分より最低な男はいないと思っていた。一番苦しい時期だった。同僚の中に仕事でミスしてばっかりで皆に敬遠されている人もいたが、俺はその人以下だと思った」

「その苦しい時期にあなたは、奥さんに対しても胸の内に閉まっていたわけね」

「悲しませたくなかったから」

「で、奥さんにはあなたの気持ちも伝わらずに離婚。もし、奥さんに苦しい気持ちを打ち明けていたら、奥さんも一緒に乗り切ろうとか、がんばろうって言ったんじゃないの」

「多分言ったと思う」

「それが、あなた流の愛し方?奥さんに心配かけさせたくない気持ちは分かるけど、夫婦ってそういう時に一緒になって乗り切るのが夫婦でしょう。あなた流の愛は奥さんに伝わってないし、奥さんはそんな愛は欲しがってないはず。あなた流の愛には反するけど、『君が必要だ』くらい言ったら。相手の気持ちも考えずに自分の気持ちを正直に言ったら。それが奥さんの欲しがっている愛よ。

「ゴメン」

「わたしに謝れてもしょうがないけど」

「紗枝さんには話したの」

「姉さんは、『幸せになれるんだったらいい事ね』って言うよ、きっと」

「まさか、――――まさかね。もしかして、わたしに『奥さんの再婚をやめろ』って言わせたいと思ってないでしょうね。自分から言えないから、誰かの後押しが欲しいとか」

「その気は無いけど、なんで、彩美さんにこんな話をしたんだろう」

「わたしたち、親友になったってしまったのかも」

「さぁ、もう昼よ、食事にでも行きましょう。わたしおごるから。」

「俺がおごるよ―――女性にご馳走になるなんて、俺のプライドが許さない」

「女性にもプライドがあるのよ。それなりに稼いでいるし、少し位優越感に浸らせてよ」

「女性に食事代を出して欲しくないし、お金に困ってもいないから、割勘も嫌だ、俺に出させろ」

「じゃあ、選択して、わたしにお金を出させるか、このまま別れるか」

順平は彩美の眼を見て本気だと悟った。

「一緒に食事して楽しいときを過ごしたいけど、―――今日はさようなら」

順平は喫茶店の伝票をわしづかみにして

「せっかく親友になれたと思ったけど、お互いにまだその領域に達していないな」

と言って席を立った。

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