1出来た彼と過去の彼
この日は、ロート伯爵家のメイドとして年の瀬を迎える教会のミサの手伝いに駆り出された。
「ブリジット、手伝いが終わったら今夜一緒に騎士隊の謝恩パーティーに行かないか?」
そう言ったのは付き合っているリオン。
「ええ、そうね…明日は仕事もお休みだし今夜も特に用もないし…いいわよリオン」
「良かった」
「良かったって?私が断るとでも思った?」
「いや、そうじゃないけど…ブリジットはめんどくさがり屋だからパーティーなんか嫌かも知れないと思ったから」
「…でも、やっぱりやめようかな…だって私そんなパーティーにふさわしいドレスも持ってないし…」
「なに言ってるんだ。騎士隊だぞ。ドレスなんか着て来る女性はいないから心配するな…それに服は俺が準備してるから」
「えっ?でも、男たちがお酒飲んで騒いで…めんどくさそう」
「いいから行こう。いいな」
「わかったわよ。でも早めに送ってよね」
「ああ、わかってる」
リオンは何だか嬉しそうにそう言った。
私はアンブロス男爵家の三女で23歳。王都タンバサの王立学園を卒業してから同じく王都にあるロート伯爵家でメイドとして働いている。
あっ、もちろん住みこみである。
リオンと知り合ったのはいつも買い物に行くパン屋にリオンも良く来ていて、半年ほど前入り口で鉢合わせして私が買ったパンを落としてリオンがそれを弁償してくれたのがきっかけだった。
良く聞けばリオンは前から私が気になっていたらしく声をかけるチャンスを伺っていたと言われ、私はそのままリオンの圧に押され付き合いを始めた。
リオン・ルタサールは27歳で金髪。翠色の瞳が美しいかなりの美貌の持ち主だ。
ルタサール伯爵家の次男で騎士隊に入っている。結婚してもこのまま騎士を続けると聞いた。
ボーとしているとリオンが私にきれいに洗ったモップを手渡してくれた。
「ブリジット、これを持って行ってシスターが待ってるだろう?」
「ええ、そうだったわ。ありがとう」
「まったくブリジットは俺がいないとなんにも出来ないんだから」
「ごめん」
「いいんだ。俺は世話好きだし、ブリジットに任せていたらいつになるかもわからないだろう」
「ええ、きっとそうね」
私はリオンの言う通りだと思い頷く。
「ブリジット、そこは違うって言うところだろう?私だって出来るわよとか言うのが普通の女の子じゃないのか?」
リオンは真面目な顔で聞く。
「だってリオンが正しいんだもの。あっそれより急がないとシスターにしかられるかもね」
「やっと気づいたのか。早く行って」
「は~い」
私は歩くより少し早く進み始めた。
とまあいつもの私はこんな感じで何でもリオンに頼りっぱなしだ。
自分から何かをやりたいと思わなくなった。与えられる事、指示をされた事には脳も反応して身体も動くが私が一人で部屋にいると食事もままならないほど無頓着ぶりだ。
こんな私だったが5年ほど前まではこんな性格ではなかった。
学園を卒業する前までは頑張り屋で何でも自分が先に立ってやらなければ気が済まないようなタイプだった。
就職だって行政府の事務官が決まっていた。私の未来は輝いていたはずだった。
ふっと過去の嫌な思い出が脳内に浮かんだ。
あれは学園卒業の半年前~
母が卒業の半年前に亡くなりそのすぐ後に父が再婚をした。
その相手が父の愛人でおまけに子供は私と1歳違いの父とその愛人との間に出来た子共だった。
父は母を裏切っていたのだ。
男爵領には行かず王都のタウンハウスにやって来たその親子に私は吐き気を催した。
そして父とは絶縁すると言い残してタウンハウスを出た。
半年間は学園の寮で過ごした。そして卒業パーティで結婚を誓っていたあいつに裏切られた。
私は決まっていた仕事にも行けなくなった。そしてしばらくして量を追い出されたまたま職業斡旋所で見つけた住み込みで働けるロート伯爵家のメイドになった。
今思い出してもはらわたが煮えくり返る。学園の卒業パーティーで手ひどい裏切りに。
彼の名前はユーゴ・キャメロット。
彼は私と交際していた。結婚を約束していた。愛している。君を大切にすると言われて彼を信じていた。
なのに…彼は私を見事に裏切った。
その結果。私はすべてを投げ出してやる気のない人間に成り下がった。
母の死。父の裏切り。ユーゴは最後の私の希望だったのに。