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癒し手と嘘と七日間

作者: イのカンア

「王の名の元にジョセフ・ダンスタードから聖人を取り上げ、エルージア王国から『追放』処分とする」


 朗らかな春の日。王城の大広間に呼び出された僕を待っていたのは、尊敬するエメット王から自分を追放するという宣言だった。大広間には俺やエメット王以外にも国の祭事に関わる神官や臣下のみんなも集まっており、追放処分についてざわざわとどよめきが広がっている。


「ちょ、ちょ、ちょっと!ちょっと待ってくださいよ、エメット王!なんで僕が国から追い出されちゃうことになったんですか!?」


「………ジョセフ・ダンスタード。貴様は稀有な治癒魔法の使い手、聖人と呼ばれる程の癒し手として長年王国に仕えてきたのはワシも把握しておる」


「だが!こともあろうに!その治癒の力は我が王国を過去に侵略した魔族の者から手に入れ、その力を持って国の中枢へ入り込み私腹を肥やしていると―――我が王国の聖女『アンナ・ヴェルティエ』が証言してくれた」


大広間に立つエメット王の横には白いベールを被ったこの国で僕と比類する程の治癒魔法の使い手、アンナが立っていた。彼女はベールの下から冷たい笑みを僕へ向けている。


僕は魔族からそんな力なんてもらっていない!と大きな声でエメット王へ反論したかった。だが、僕がこの国で聖人と呼ばれる程に治癒魔法が上手くなれたのは僕の生まれた村にひっそりと住んでいた年老いた魔族の女性のおかげだ。


魔族と一切の関わりを持っていないとここで叫ぶのは。僕を立派な癒し手として育ててくれた彼女を否定する事になってしまう。例え、この場に居る誰にも分からなかったとしても僕は彼女を否定することはしたくない。


「とても残念です、ジョセフ・ダンスタード。いくつもの戦場で共にこの国の尊い人々を癒し、幾つもの困難を乗り越えた友人が魔族などという薄汚いこの世の汚物と関わっていたとは」


二コリと美しい金色の髪をベールの間から揺らしてアンナが語る。その顔からは隠し切れない愉悦の色が浮かんでいる。何度かアンナの治癒魔法を目にしたことはあるが、正直に言うと治癒魔法の練度は並みより少し上程度で聖女と呼ばれる程の実力は持っていない。


彼女は治癒魔法よりも謀略の方が得意であり、恐らくは密偵に僕の過去の事を調べさせて自身の価値を上げるために僕の事をあれやこれやとエメット王に吹き込んだのだろう。


「ジョセフ・ダンスタードよ、貴様の献身そのものは少なくとも事実であった。何か弁明をしたいのであれば―――」


「口を挟んでしまう大変申し訳ございませんが、我が王よ。彼は既に魔の者に魂を売ったと分かりきってしまっているのですから。彼の言葉なんて何の意味もなさないのではないでしょうか」


 エメット王はどこか腑に落ちないと思っているのか、僕に申し開きの機会を与えてくれようとするが隣に立っているアンナが慌てて王の言葉に割り込んできた。おそらく、ここでどうあがいても追放処分は免れないだろう。


けれど、今日明日出て行けと言われるのも非常に困る。例え、この国を誰かの手によって追放されるとしてもここを去るのであれば僕にはきちんとやっておかなければいけない義務がある。


ほとんど分の悪いギャンブルのようなものだが、黙っていればアンナの勢いに乗せられてすぐにでもこの国を追い出されてしまうだろう。だから、ここで僕がすべきことは―――。


「ぬああぁぁぁん!!エメット王!!どうか、どうか、この国を出る前に七日ほどの猶予をくださいませんか!!」


「追放というのであれば潔くそれを受け入れます!ですが、ですが!僕にはお世話になった癒し手ギルドのみんなへ別れの挨拶をさせて欲しいのです!!」


 はち切れんばかりの大声で床に顔を伏せて目から大粒の涙を流し、みっともなくエメット王へ陳情する。涙を流す予定はなかったけど今までの王国での冒険や王都に来てから僕を育ててくれた癒し手ギルドのことを想うと自然と涙がぽろぽろと溢れてきた。


アンナはいきなり僕が大泣きし始めると思っていなかったのかどうすればいいのか分からない顔でエメット王と僕を交互に見ている。周りの神官や臣下からはみっともない、潔く立ち去ればいいのになどと言葉が聞こえてくる。


エメット王は少しだけため息を吐きだすと追放の処分が下るまで七日間の猶予を与える事を許してくれた。アンナは王の決定に対して不満そうな表情を見せたが、みっともなく這いつくばってぐちゃぐちゃに顔を歪めている僕を見て溜飲が下がったようだ。


 それからは本当にただ忙しいの一言に尽きた。


「おーい、追放される癒し手さん。あんたの部屋にある道具やらなんやらは全部処分しちまうぞ~」


「待ってー!!見張り役の騎士のお兄さん待ってー!!僕の部屋には休眠状態のマンドラゴラの根とかサメの油に付けておかないと自然発火する妖精とかあるから、勝手に捨てないで―!!」


僕は王国騎士団から見張りとして騎士が一人朝も昼も関係なく付き添う事を条件にして王城内でのみ活動が許された。また、王城の私室にあった治癒魔法の魔導書や錬金術の素材も廃棄あるいは癒し手ギルドへ譲渡する事になった。


癒し手ギルドの副ギルド長兼育成係の立場にあった僕は昼は見張り付きで癒し手ギルドのみんなと別れの挨拶と治癒魔法の魔導書の譲渡などを行い、夜は癒し手ギルドの今後の人員配置を考えたり今後十年を見通しての全員分の育成計画の作成を行った。


癒し手ギルドのみんなからは温かい励ましの言葉、アンナに対する恨みの言葉、エメット王への失望の言葉、色々な言葉を貰った。癒し手ギルドのみんながこっそりと教えてくれたところによると、エメット王は聖女であるアンナと不倫していて、彼女の言いなりのような状態になってしまっているらしい。


エメット王がどうであれ、アンナがなんであれ、僕の国外追放は変わらない。だったら、この国に残る癒し手ギルドのみんなのためにやれる事をやるだけだ。


 一日目、二日目、三日目……とあっという間に時間は過ぎていき、気が付けば僕が王国に滞在できる最後の夜になっていた。


王城の中にある監禁用の部屋で机に向かう。ランプの優しい光が机の上を照らし、書きかけの書物を照らしてくれる。


監禁状態になってから寝る間も惜しんで癒し手ギルドの育成計画書や危険な錬金術の素材の処分を行っていたため、寝不足でパチパチと火花が散るように思考がまとまらないが治癒魔法を自分にかけて書きかけの書物を書き進めていく。


「………あのぉー、元聖人殿ちょっとよろしいですか?」


不意に部屋の暗がりから声が聞こえてきた。声の主は見張りとしてずっと僕と一緒に居る騎士団のお兄さんだ。視線を向けると彼は眠そうにあくびをしている。


「どうしたんですか、騎士団のお兄さん」


「この六日間、俺はずっとあんたに張り付いていたんですけどあんたはずっとなんか書き物とかしてたじゃないっすか」


「少なくともエメット王がご存命の間はあんたはこの国へ帰って来れない。それに癒し手ギルドは知らんけど、この王国はあんたを悪者だって言っている」


騎士団のお兄さんは何度か沈黙を交えながら、言葉を続けた。


「追放されるってならあんたにとってこの国はもう関係ないはずでしょ。だったら、この国のことなんてクソって切り捨てていいんじゃないですか。あんたが今、癒し手ギルドのためひいてはこの国のためになんかしたって―――」


「誰からも感謝されない、ですか。騎士団のお兄さん」


ランプの炎が揺らめく。静寂が部屋の暗がりに染み込んで行き、僕と騎士団のお兄さんの間に無言が広がる。騎士団のお兄さんの瞳はただ、なんでと疑問を投げかけてくる。


「そうですね………僕は誰かを助けるために癒し手の道を選びました。王国には戦いが溢れている。きっと僕が居なくなれば、多くの助けられた命が救えなくなってしまうと思います」


「けれど、優れた癒し手が沢山居れば僕の代わりにこの王国を助けてくれる。それは間接的に僕の願いを叶えてくれることにもなる、こうやって成長するための手引きを残しておけば後進が立派な癒し手になってくれることでしょう」


「それじゃあ、答えになってねぇよ元聖人さん。俺はどうして感謝もされないのに自分を悪者にしたクソみたいな国のために追放が決まった今も寝る間も惜しんで書き物をしてるのかって聞いてるんだよ」


一度手元にある癒し手ギルドの後輩たちのために育成計画書に目を落とす。それからもう一度、部屋の暗闇に居る騎士団のお兄さんを見つめる。


「人はいつか死ぬ。いくら治癒魔法が発達しても必ず別れを告げる時はやって来る。それは―――僕でも例外ではありません」


「僕が今やっていることは死ぬための前準備です。いつか他の国で今夜のような夜に出会ったとしても、僕はその時に胸を張ってあの時やれる事を全部やることができた、王国が僕を悪者として指を指したとしてもやりきった」


「ただ、そう言いたいからです」


「………なるほどね、そうかい。邪魔して悪かったな元聖人さん、どうぞ存分に王国最後の夜を満喫していってくれ」


 見張り役の騎士団のお兄さんは暗がりの中で僅かに鞘から引き抜いていた短剣を元の鞘へと納めた。


僕はランプの明かりに照らされたまま夜を過ごしていき、そうして王国で過ごす最後の夜が終わった。七日目の朝、癒し手ギルドの後輩全員分の育成計画書を書き終えた。朝日の中で耳を澄ませば廊下からガッシャガッシャ!と物々しい鎧の擦れる音が複数聞こえてくる。


「騎士団のお兄さん、本当に申し訳ないのですがこの冊子を癒し手ギルドに届けておいてくれませんか。最年少組の育成計画が最後の最後までまとまらなくって………きっと今からではギルドのみんなに会うことはできないと思うので」


「ふうん、俺なんかに預けていいのかい元聖人殿、もしかしたら面倒くさくなって通路ですれ違ったアンナ様に渡しちまうかもしれねーぜ」


「あなたは律儀な人です。最後の夜の間に僕を殺すこともできたはずなのに、しっかりとエメット王と僕との約束を守ってくれました。あなたならきっと大丈夫です」


七日間一緒に過ごした彼に癒し手ギルドへ送る冊子を預ける。どうしたものかと彼は無言を保っていたが、しっかりと僕の渡した冊子を両手で受け取ってくれていた。


するとすぐに監禁用の部屋の扉が開き、重装で身を固めた物々しい騎士達が無言で僕を拘束した。重装の騎士たちに引きずられるようにして王城の通路を歩いて行き、その道中で目隠しと猿ぐつわをはめられた。


 そこからは迅速に事は運んでいき、馬車に乗せられた僕は四時間ほどかけて王国と隣国の境界線へと連れて行かれた。


「降りろ、罪人」


目隠しと猿ぐつわを外されて、ドン!と乱暴に馬車から突き落とされる。後ろをちらりと振り返ると重装の騎士達は武器を構えて僕のことを睨みつけている。顔を前へ向けるとすぐ先は隣国の敷地であり、まさしくここは国境だった。


「そうだ、そのまま前へ進んで行け………止まるな!魔族に魂を売った罪人め!」


騎士達の視線は威圧感と殺意が籠っており、なんとも恐ろしいが背を向けてこのまま隣国まで行くしかないようだ。一歩、また一歩と進んで行き。僕は隣国の敷地へと入った。


ふぅと安堵で息を吐き出して前を見る。目の前にはうっそうとした森が広がっているが、少なくともこの森を無事に抜けることができれば、国境近くの村に出られるはずだ。


「こっちの国で受け入れられるか分からないけど、また一から頑張ればいいか」


 そうして、ゆっくりと歩き始めた僕の胸に衝撃が走った。


下へ視線を向けると大きな矢の矢じりが胸から突き出している。どさりと身体が大きく崩れ落ちて地面に倒れてしまう。連日の無理が祟ったのか、上手く治癒魔法を発動できない。


視界が薄暗くなる。やけに周りの音が騒がしく聞こえる。


「おい!なにやってるんだ!俺達の任務は国境付近まで輸送してそのまま立ち去るだけだろ!」


「何言ってるんだ、こんな魔族と取引をした男なんてこの世に居るだけで害になるだろ。だから、俺が間引いてやったのさ」


「この………!バカかテメェは!彼はな、王国以外でも名が知れ渡っている高名な癒し手なんだぞ!」


「それを王国の手で始末するとまかり間違って戦争の火種になりかねないから王は追放処分にしたんだ!」


「大丈夫だって、適当に草むらの中に放り投げておけばイノシシあたりが食ってくれるさ。それじゃあとっとと帰ろうぜ」


意識が薄れていく。さっきまで鮮明に聞こえていた音も遠ざかっていく。それから何も、聞こえなくなって―――稀代の癒し手は残念そうに、だが満足そうにその生涯を終えた。



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