メイプルシロップとロイヤルゴシップ
ある日の午後、ヴァレンシュタイン公国第一公女のエリーゼはパンケーキを食べていた。
「メイプルシロップとロイヤルゴシップって、少しだけ似てるわよね」
「はい?」
「ほら、こぼせば虫が寄ってくるところとか」
「エリーゼ様」
「冗談よ」
近侍のハンナが窘める。
「不謹慎なジョークはお控えください」
「いいじゃない、お屋敷の中に盗聴器があるわけでもないのに」
「MI6あたりならやっていてもおかしくありません」
「MI6? あー、夢があっていいわね。私もボンドガールになってみたいわ」
「ジェームズ・ボンドは黒髪でセクシーな女性が比較的好みだったかと」
「私には魅力がないって?」
「私はそうは思いません。ですが彼がエリーゼ様をどう評価するかは、ハリウッドの意向を確認する必要があります」
「あら、そう。ところでハンナ、今週は何かニュースあった?」
「来年度の予算案ですが、国務局長会議が署名を拒否したため差し戻されました。国議会の三分の二以上が賛成しているので、来週中には成立する見通しです」
「知ってるわ。そういうことじゃないのよ」
「冗談です。確かな筋からの情報によると、新入生のドミニク・ウラノフスキー君はガールフレンドとの関係が上手くいっていないようです」
「へえ。それはまた、なぜ?」
「金銭感覚の違いです。彼のご家族は経済的に中流層程度なのですが、彼女のほうが国内有数の富裕層でいらっしゃいますから」
「それは大変ね。名家のご令嬢なら、もしかして私もお会いしたことのある方かしら」
ハンナにとっては、意外なリアクションだった。
「ピンときませんか? エミリア・モンブラン様です」
「エミリアなの? うわあ、運のない男ね」
エミリア・モンブランはエリーゼの母方の従姉妹である。
「エミリアに恋愛感情を抱くなんて、かわいそうに」
「エリーゼ様はエミリア様のどこがお嫌いなのですか?」
「そうねえ。物心ついたときには嫌いだったから、本能ね。特別どこが嫌いってところはないわ。強いて言うなら、立場を利用してお高くとまってるところかしらね」
「エリーゼ様も公爵令嬢の立場を私的に利用していらっしゃるかと」
「そんなことないわよ。はい、ハンナの分」
エリーゼが一口大のパンケーキをフォークに刺し、ハンナの口へ向かって掲げた。
「私は結構ですってば」
「ならこうしましょう。毒味なさい」
「私が焼いたものですが、信用できませんか」
「MI6があなたの目を盗んで混ぜたかもしれないでしょう? ほら、早くしないと私の手にシロップがついてしまうわ」
「……困ったお姫様ですね」
やっぱり立場を利用しているじゃないですか、と思いながらもハンナは顔を近づけて口を開けた。
「ところで、あなたは私に魅力があると思っているようね」
「んっ!?」
ハンナはまだパンケーキを飲み込んでいないため、反論できなかった。
「動かないの。かわいい唇がドロドロになってるわ。拭ってあげる」
エリーゼが立ち上がってじっとハンナを見つめ、唇を近づけた。ハンナはパンケーキと命令により動けないという言い訳があることをどこか幸運に思いながらも瞳を閉じ、彼女に委ねた。
「冗談よ」
ハンナの口元をハンカチで拭って、エリーゼは笑った。ハンナの頬が一段と赤く染まった。
「心臓に悪いジョークはやめてください!」
「なによ、あなたも乗ってきたじゃない。フォークを受け取ればよかったのに」
「あなたは本当に……!」
エリーゼとハンナのティータイムは、だいたい毎日このような調子である。




